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小川一水「フリーランチの時代」

SF作家小川一水の、「老ヴォールの惑星」に続く傑作短篇集。表題作が一番気に入った。

火星基地で、高度文明を持つ異星人とあっけないファーストコンタクトを果たす。これでいいのかと思えるほどの安易さで、人類は次のステップに進んでいく。

劉慈欣の「三体」3部作がSFファンの心に残した、異星人不信のトラウマは大きかった。アンディ・ウィアーの「プロジェクト・ヘイル・メアリー」(2022年1月20日投稿)のような、成功裏に進んだファーストコンタクトの話に飢えている人は少なくないと思われる。

小川一水の短編でシリアスな感動を望むなら、「老ヴォールの惑星」の中の「漂った男」が必読の作品だ。第37回星雲賞日本短編部門を受賞。2005年8月に出版されていて、筆者は2006年8月に短編集とともに読了した。

ジョニー・デップ制作/主演「MINAMATAーミナマター」

水俣でアイガモ農法を中心とした農業を営んでいる、我が出身校、都立青山高校の同期生からFacebookで紹介された映画「MINAMATAーミナマター」をレンタルDVDで観た。水俣市での先行上映は2021.9.18で、一般公開は2021.9.23だった。BD、DVDは2022.2.18発売。

1971年、ニューヨーク。アメリカを代表する写真家の一人と称えられたユージン・スミスは、今では酒に溺れ荒んだ生活を送っていた。そんな時、アイリーンと名乗る女性から、熊本県水俣市にあるチッソ工場が海に流す有害物質によって苦しむ人々を撮影してほしいと頼まれる。(公式サイトより)

監督はアンドリュー・レヴィタス。

ユージン・スミスをジョニー・デップが演じた。映画の中心は、3年以上を水俣の中で暮らした、ユージンの再生と成長の物語だ。全世界を揺り動かした「入浴する智子と母」の写真を生み出すところがクライマックスとなる。

アイリーン役は美波。川本輝夫をモデルとした患者運動のリーダーが真田広之という配役だった。人物像が一人ひとり濃厚に描かれる。

水俣の友達は、感動したが川本輝夫の患者掘り起こし活動のシーンがないのが唯一の残念なところとしていた。水俣はチッソの城下町だったので、家族に患者がいることが知られると周りから白い目で見られ、隠していた家が多かったということだ。

写真集「MINAMATA」英語版は1975.5に世に出た。日本語版「写真集 水俣」が出版されたのは、ユージンの死後となる1980.1だ。2021.9.7に日本語版が「MINAMATA」として復刻されている。

レヴィタス監督からのメッセージがエンドロールにある。公害問題は、過去のものではなく今でも世界中のあちこちで続いているのだ。

フィリップ・K・ディック「パーマー・エルドリッチの三つの聖痕」

1982年のリドリー・スコット監督の映画「ブレードランナー」の原作がフィリップ・K・ディックの「アンドロイドは電気羊の夢を見るか?」であるが、これと並ぶディックの代表作「パーマー・エルドリッチの三つの聖痕」を読み直した。

「電気羊」を読んだのが、映画「ブレードランナー」を観た後で、同じころに「パーマー・エルドリッチ」を読んだはずなので、1980年代前半以来、約40年ぶりの再読となる。

「電気羊」のあらすじを家人に説明しているうちに、「パーマー・エルドリッチ」と記憶がごっちゃになっていることに気づいたので、2冊とも読み直したのだ。

「ブレードランナー」の中で、強力わかもとの映像で飛行船が宇宙移民の半ば強制的な宣伝をしていた。移民の実際の生活を描いたのが「パーマー・エルドリッチ」だ。火星の開拓地の穴ぐらの中で、バービー人形のようなパーキーパット人形とその小道具のセットにドラッグの力で没入し、環境破壊前の幸せな地球の生活を疑似体験する。移民たちはこれでぎりぎりの精神の均衡を維持しているのだった。

プロキシマ星系から帰還した実業家パーマー・エルドリッチが、新しいドラッグ「チューZ」をもたらした。しかし、チューZを1度でも使用すると、パーマー・エルドリッチの幻影、あるいは実体にずっと付きまとわれることになるのだった。三つのスティグマとは、パーマー・エルドリッチの義手、義歯、義眼を指している。

いろいろな面でディックの代表作の1つだ。

丸山晶代「ちくわぶの世界」

ちくわぶをこよなく愛するちくわぶ料理研究家、丸山晶代の著作を読破した。このブログの筆者もちくわぶラヴであり、Webで紹介記事を読み購入したのだ。

この本にも触れられているが、赤塚不二夫の漫画「おそ松くん」のチビ太がいつも持っている串に刺さったおでんは小学生の時から憧れだった。上から三角、丸、ギザギザの横棒となる。三角はコンニャクで、横棒はちくわぶと信じていた。丸も本書を読むまではつくねだと思っていた。がんもどきでは大きすぎるのではないか。「おそ松くん」の時代より後、高度成長期の物価上昇の時代、ダウンサイジングが進行していたのだろう。そのサイズ感に筆者は囚われているのに違いない。

小学校の放課後、公園で遊んでいるとまれにおでんの屋台がやって来ることがあった。乏しい小学生のお小遣い事情が許せば、ちくわぶ1個だけ買ったのだ。1年に1度あるかないかのぜいたくだった。

筆者は2歳から17歳まで、東京の目黒区原町に住んでいた。山の手の下町と言われる地区だったが、この地域ではちくわぶがごく普通の食べ物だったのは間違いない。メリケン粉の固まりで、栄養分はほとんど炭水化物と、ちくわぶが好きでない人がいるのは確かだが、東京近郊だけで食べられているのを知ったのは最近のことでびっくりした。

メリケン粉:小麦粉のこと。筆者の親の世代はメリケン粉と呼んでいた。

おでん以外の、ちくわぶを用いたレシピも数多く紹介されている。

ちくわぶ全国拡散をめざす同志よ。まずこの本を手に取ることから始めよう。

アンディ・ウィアー「プロジェクト・ヘイル・メアリー」

「火星の人」のアンディ・ウィアーの新作。とんでもなく面白かった。どう紹介してもネタバレとなって感動が薄れてしまうので、詳しくは書けない。異星人とのバディものとだけ記しておく。アメリカでは2021年5月に出版されるや直ちにベストセラーとなり、現在ライアン・ゴズリング主演で映画化が進行中。

とにかく多くの人に読んでもらいたい。

早川書房邦訳版の、上巻と下巻の表紙が1枚の絵の左と右であることに、このブログのタイトル写真として2枚を結合して初めて気づいた。

唐十郎作、金守珍演出「泥人魚」

2021年12月9日、シアターコクーンで「泥人魚」を観た。

「泥人魚」は、2003年4月唐組で初演。読売文学賞、紀伊國屋演劇賞、鶴屋南北戯曲賞を受賞した、唐十郎後期の名作戯曲である。惜しくも唐組の公演は見逃したが、また唐十郎が熱いと唐組次回作、2003年秋公演の「河童」から唐組の熱心なファンに戻った。2012年5月に唐十郎が脳挫傷の大けがを負って、舞台出演ができなくなるまで観客を続けた。現在唐組は弟子の久保井研が演出している。

18年ぶりの再演となる本公演の演出は、劇団・新宿梁山泊主宰の金守珍。2019年に唐十郎の劇団・状況劇場時代の最高傑作「唐版風の又三郎」を、同じシアターコクーンで上演している。「唐版風の又三郎」も初演の状況劇場の公演は観ていないが、角川書店から出た戯曲を李麗仙、根津甚八を思い浮かべ何度となく読み、安保由夫作曲の劇中歌をいつも口ずさんで舞台を想像していただけに、このときの公演は、安保由夫の曲が使われていないことで期待はずれに感じてしまった。

今回は、積み上げた思い入れがなかったので、素直に楽しむことができた。

主演は宮沢りえ。宮沢りえの舞台は2019年のシス・カンパニーの「死と乙女」以来2年ぶり。この舞台については、川崎市眼科医会報で文章にしたのでこのブログには載せていない。感動を呼ぶ舞台だった。

漁港を去って、今は町のトタン屋で暮らす蛍一(磯村勇斗)のところに様々な人物が押しかけるが、昔お世話になった漁師ガンさんの養女やすみ(宮沢りえ)も現れる。やすみの脚のつけねには輝く鱗のように桜貝が張り付いていた。

トタン製の湯たんぽが数多く天井からぶら下げられ、密度のある空間を作り上げていた。金属製の湯たんぽがまだこの世に存在していることに懐かしさと同時に憎しみを覚えた。筆者は小学生の頃まで、湯たんぽで寝具を温めなければ眠れなかった。就寝中にカバーが口を開けてしまったのか、左足首にII度熱傷のあとのケロイドが残る。

闖入した客の手により何枚かのトタン板で蛍一の家が区切られ、向こう側の世界と隔絶される。諫早湾のギロチン堤防を模している。

製作総指揮ジョーダン・ピール、J.J.エイブラムス、ミシャ・グリーン「ラヴクラフトカントリー」

米国の1950年代の黒人差別を、ラヴクラフトのクトゥルー神話の世界観を交えて詳細に描き出したドラマ「ラヴクラフトカントリー」が面白い。レンタルDVDで観た。

凝りに凝った設定を、Webで1話ずつ映画評論家、町山智浩が解説している。この話を聞いた上で、映像を2回見直さないとダメだ。内容の半分も理解できないまま終わらせてしまうところだった。

シーズン1、全10話で、シーズン2以降は製作されないことが決定している。第10話は、これから物語は新しい展開を見せるといった終わり方だっただけに、続編が作られないのは本当に残念だ。

これをきっかけにして、奴隷制の歴史の知識を深めていきたい。Netflixオリジナルドラマ、「失われた海賊王国」では、カリブの海賊の社会は民主主義的な共和制だったこと。海賊船に襲われた奴隷貿易船の商品であった奴隷は、海賊仲間として対等に迎えられたことが描かれている。例外はあったようだが。

スタニスワフ・レム「インヴィンシブル」

スタニスワフ・レムの作品で一番好きな、ファーストコンタクト三部作の三番目がポーランド語原典からの新訳となった。邦題「砂漠の惑星」で出版されてたやつだ。このブログには2020年5月6日に投稿した。以前のはロシア語からの重訳だった。原題の「無敵号」を英語にして「インヴィンシブル」が新しいタイトル。

あらすじを、巻末の沼野充義の解説から引用する。宇宙船インヴィンシブル号は、行方を絶ったコンドル号を捜索するために、琴座のレギスIII惑星にやってくる。そこでコンドル号の乗組員たちを襲った原因不明の不可解な大量死に直面し、謎が突き付けられる。インヴィンシブル号の乗組員たちは、その謎を解明するために惑星の探検を続け、奇怪な都市(のようなもの)の廃墟や、小さな金属製の「虫」が群れを成して作る恐るべき黒雲に遭遇する。

1964年の作品で、本邦初訳は1968年。ハヤカワ文庫に収録されたのが1977年である。筆者が読んだのは1979年ごろだ。

多数の小さな虫が群体を成して攻撃してくる。このイメージは、他の作家の作品にも散見される。ミヒャエル・エンデの「はてしない物語」は岩波書店から厚いハードカバーで邦訳が1982年に出版された。筆者は1984年ごろ、映画化される前に読んでいる。小さな「虫」が集まって大蜘蛛の姿を取る群集者イグラムールに、幸いの竜フッフールが襲われている所に出会い救うのだ。

映画「ネバーエンディング・ストーリー」は1984年公開で、コンピューターグラフィックス(CG)の時代の前のローテク・オンリーの作品だ。イグラムールの映像化は無理と、影も形も出てこない。全面的にCGが使われた映画「トロン」が1982年にすでに存在しているのだが。

2008年の映画「地球が静止する日」は、1951年の映画「地球の静止する日」のリメイクである。宇宙人クラトゥをキアヌ・リーブスが演じた。巨大ロボット、ゴートが虫型ナノマシンに姿を変え、人類を滅ぼそうとする。もちろんCGで描かれた。

斧田小夜「飲鴆止渇」

鴆は中国の伝説の毒鳥。タイトルは、鴆の毒の入った酒を飲み渇きを癒やす、すなわち、後のことを考えず目先の利益を得るという四文字熟語から。

羽毛にも毒のある鳥として、ニューギニアに生息するピトフーイが有名か。時雨沢恵一の「ガンゲイル・オンライン」に、ピトフーイという名のキャラクターが登場する。鴆も架空の存在ではなく、過去の中国に、今では絶滅した毒鳥が実際に生息していたとする説がある。

本作品の鴆は、翼長3里に達し、衝撃波で人間や建物を切り裂くラドンのような怪獣である。毒も持っている。現代が舞台で、アジアの小国、揺碧国で民主化を求めるデモと軍が対峙しているさなかに出現した。天安門事件を思い起こされる。

事件の後、政権は変わり、国は発展し科学技術も進歩した。鴆毒に対して、ナノマシンを体内に入れる輸血治療が普及している。

第10回創元SF短編賞優秀賞受賞作。

細田守「竜とそばかすの姫」

細田守監督の最新作、「竜とそばかすの姫」を2021.8.1に観た。

良かった。

インターネット上の仮想世界〈U〉と現実世界が舞台。〈U〉は「サマーウォーズ」の〈OZ〉をさらに大規模にした世界で、50億人以上が集う。参加者は〈As〉と呼ばれるアバターをまとう。

主人公の女子高生、内藤鈴「すず」は、〈U〉の〈As〉として「ベル」という名の歌姫となる。

「すず」と「ベル」を、ミュージシャンの中村佳穂が演じる。もちろん歌も彼女が唄う。アフレコは初挑戦だと。

「すず」と「ベル」の歌で物語が綴られていく、音楽劇とカテゴライズできる。観終わったあと、何度もサウンドトラックを聞き直した映画は久しぶりのものだ。

「ベル」はスピーカーで着飾ったクジラの上で唄う。「バケモノの子」の白鯨を思い出す。クジラとオオカミというモチーフには、意味が込められていると監督は発言している。「竜」の姿もオオカミに似ている。