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劉慈欣「三体III死神永生」

「三体」3部作の最終巻、「死神永生」が2021.5.25に発売となりました。

作者、劉慈欣のインタヴューによると、「三体I」「三体II黒暗森林」は、SFファン以外の読者にもわかるよう書いてという出版社の意向に沿った部分がありますが、第3部「死神永生」は純粋にSFファン向けに全開で書いたということです。

新しい主人公として、若き女性エンジニア程心(チェン・シン)を迎え、彼女を中心としてストーリーは進行していきます。そして、全宇宙サイズの規模と宇宙の終末までの時間的広がりを持つメタフィクション的物語世界だったことに理解が追いつきます。

冒頭に入れられた歴史、コンスタンチノープル陥落が、4次元世界との邂逅が過去にあったことを示していることに気づかされますが、歴史小説として読んでこの部分も面白い。Netflixオリジナルドラマ「オスマン帝国:皇帝たちの夜明け」を観て知識を補完しました。

三体未読の方は、第1巻「三体」からページを開いてください。

アサウラ「シドニアの騎士 きっとありふれた恋」

弐瓶勉のSF漫画・アニメの「シドニアの騎士」をアサウラがノベライゼーションした。弐瓶勉のTwitterで知って読んだ。

既存の「シドニアの騎士」の世界と設定・人物は変わらずシームレスに繋がる。

中性の整備士、金打ヨシと、クローンである仄姉妹の1人、仄燧の淡い恋愛の物語。

作者のアサウラは、「黄色い花の紅」で2006年に集英社からデビューした。デビュー作が今でも心に残る。拳銃が中心のガンアクションで百合の要素もあるが、シングルアクションとダブルアクションの違いもわからない一般人に、丁寧に解説を加えてくれていた。電子版で復刻している。

アニメ映画「シドニアの騎士 あいつむぐほし」の劇場公開が延期された。現在のところ、2021年6月4日が公開予定日だ。

寺山修司「草迷宮」

泉鏡花の同名幻想小説の、寺山修司監督による映画化。DVDを購入して見直した。

寺山の「草迷宮」は全尺40分の映画である。ルイス・ブニュエル監督のシュルレアリスム映画「アンダルシアの犬」(眼科医ならみんな観ていることだろう。映像に興味さえあれば)をプロデュースした高名なフランスのプロデューサー、ピエール・ブロンベルジェが制作したオムニバス映画の一篇として1979年に作られた。日本公開は寺山の死後となる1983年である。

母の唄っていた手毬唄の歌詞を求める主人公、明(あきら)の青年期を若松武が演じモノクロで表現される。明の少年期を三上博史が演じた。三上博史の映画デビュー作だ。カラーで描かれる。現在という視点は浮動し一点には定まらない。

寺山の映画「田園に死す」「上海異人娼館」も、同時に見直した。ちょっとした寺山映画週間だった。泉鏡花の「草迷宮」の再読も果たした。

岩波書店から1981年に出版された鏡花小説・戯曲選第六巻。紙本は重い。映画中、合いの手を入れるように挟み込まれるフレーズが、原作小説から取られたものであることがわかる。

デイヴィッド・ベニオフ「卵をめぐる祖父の戦争」

ヒトラーによる、レニングラード(現サンクトペテルブルグ)の飢餓についても触れたくなったので、本書を読み直した。

第二次世界大戦で、ドイツ軍はソ連第2の大都市レニングラードを900日近く包囲し、兵糧攻めを行った。「レニングラード包囲戦」だ。市民の死亡は67万人とも100万人以上とも言われている。レニングラードは耐え抜き陥落しなかった。

主人公レフは17歳、落下傘で落ちてきたドイツ兵の死体から略奪行為を行ったところをソ連兵に捕まった。本来即刻死刑となるところを、脱走兵コーリャとともに秘密警察の大佐から奇妙な任務を授かる。大佐の娘の結婚式のために、1週間以内に卵を1ダース探してこいという。

レフとコーリャの命をかけた弥次喜多道中が始まった。

飢餓の象徴として「図書館キャンディ」が印象深い。本の表紙を剥がして製本糊だけ取り出し、煮詰めて棒状にしたものだ。市内からは動物だけじゃなく本も消えていた。

二人は、人肉食の殺人夫婦の手からかろうじて逃れた。人肉食が横行していたことは、他の場面でもそれとなく書かれている。

卵を求めてドイツ軍支配地域にはいった二人は、パルチザンの一団に救われる。これが、運命の出会いに発展していく。

軽妙な語り口でユーモアとペーソスに溢れた展開が、本書を読みやすく記憶に残る作品に仕立て上げている。

アグニェシュカ・ホランド「赤い闇」


映画「ソハの地下水道」で知られる、アグニェシュカ・ホランド監督のポーランド映画「赤い闇 スターリンの冷たい大地で」をレンタルDVDで観た。

この映画を見るまで、ホロドモールと呼ばれる集団殺害のことはまったく知識がなかった。1932年から1933年にかけて、ウクライナ人が住んでいた地域でおきた人工的な大飢饉で、400万人から1,450万人が死亡したとされる。スターリンによる「ウクライナ人に対するジェノサイド」であると、すでに十数カ国で認定済だ。人道に対する罪として認定した国も多い。20世紀の悲劇として、ナチス・ドイツによるホロコーストと並べられる。

映画は実在したジャーナリスト、ガレス・ジョーンズによる告発を描き出す。

ピューリッツァー賞を受賞しているニューヨーク・タイムズの記者、ウォルター・デュランティが、取材の継続を望む道化の操り人形と成り果て、ソ連に忖度して大飢饉の事実を否定する。

ウクライナに潜入したジョーンズは吹雪の中食べるものがなく、民衆と同じように木の皮を食べ飢えをしのいだ。子供たちによるカニバリズムのシーンも、乾いた描写で挿入される。

酉島伝法「皆勤の徒」

ビジネス小説、会社小説というと、SFの界隈で有名なのはこの短編集の表題作。4つの短編からなる連作をすべて読み終えると、壮大なポストヒューマンの遠未来世界が頭の中に広がる。1回目の読書に2ヶ月半かかった。紙本で買い直して、現在2回目の読書中。イメージを完璧なものにするためには、これから何回も読むことになるだろう。

表題作は2011年の第2回創元SF短編賞受賞作。短編集は第34回日本SF大賞を受賞した。本文中のイラストは作者による。

読む人を選ぶ小説ではある。造語だらけの本作品を読みやすくするための用語集が設定資料集という形でKindle本となっている。

鷹匠裕「ハヤブサの血統」

友人の小説家の第2作です。2021年1月29日に発刊となりました。ここでいうハヤブサとは、大日本帝国陸軍の名機、一式戦、隼のことです。JAXAの小惑星探査機はやぶさ2とは関係ありません。

一式戦は、中島飛行機の開発・製造です。我が国は終戦後GHQの占領下で、7年間飛行機産業は停止させられました。復興後、中島飛行機は社名を富士重工と変え、現在は自動車のブランド名からSUBARUと名乗っています。本作品は、一式戦の設計者を祖父に持つ、自動車レース部門の責任者だった主人公が、航空機部門に異動となり苦難の末に国産戦闘機開発に成功するビジネス小説、企業小説であります。

ここでこのブログの筆者の家系についても文章にしておきます。筆者の父は1939年東大航空学科を卒業の、戦前からの飛行機設計技師でした。昭和飛行機に就職し、初めての仕事はダグラスDC3のノックダウン生産です。これは後にライセンス生産に移行しました。志願して海軍技術士官の任に就いていた時もありましたが、開戦前に退役しています。戦時中は川西航空機の紫電改の、昭和飛行機での生産にも携わっていたようです。戦後1952年にサンフランシスコ平和条約が結ばれるまでは、実家の材木屋の手伝いをして糊口をしのぎ、講和後は財閥解体で3つに分割された三菱重工の中の新三菱重工に拾ってもらいました。その後、日本航空機製造に異動となりYS-11の生産を行っています。新三菱重工時代は工場のある小牧で仕事をしていたので、名古屋の団地住まいでした。その間に、筆者はこの世に生を授かり、2歳のときに伊勢湾台風を経験したことも記憶にしっかりと残っています。

航空機産業が身近である人にとっての、あるあるネタのノンフィクションと、まったくのフィクションを適度に混ぜ合わせるのが鷹匠裕の作風です。技術畑、営業畑、官僚、政治家、国防に直接関わる方など視点の違いによって、小説の受け止められ方がかなり異なるだろうとの憶測を禁じ得ません。筆者はどうしても技術的な方面から眺めるバイアスから逃れることができませんので、電動航空機の登場も期待しましたが外れました。しかし、一般の人にとって不案内な業界の内情を知らせる、面白く書かれた小説ということは間違いないでしょう。小説の最後の方の伊勢湾への台風上陸のエピソードは、完全なフィクションだということです。

七条剛「僕の軍師は、スカートが短すぎる」

言わば、行動経済学入門ラノベ。

毎日が終電帰りのシステムエンジニア、史樹。ある夜、自宅玄関にうずくまっていた女子高生、穂春を家に泊めることに。穂春はそのお礼にと、史樹の仕事上のトラブルを行動経済学的アプローチでたちどころに解決していった。

経済学の話だけでなく、心の琴線に触れる家族愛がテーマとして語られ、満足感を持って読み終わることができた。

シカゴ大学リチャード・セイラー教授が2017年にノーベル経済学賞を受賞して、再び、行動経済学が話題となることが増えている。人間は行動が感情に左右され、非合理な行動を取ることが多い。従来の経済学では説明しきれない経済行動を、人間の心理という観点から解き明かそうとするのが行動経済学である。

行動経済学入門まんがの、佐藤雅彦、菅俊一、高橋秀明「ヘンテコノミクス」も、2017年11月に出版され注目を集めたことが記憶に新しい。

ヴィム・ヴェンダース「都会のアリス」

映画「パリ、テキサス」で有名な、ロードムービーの大家、ヴィム・ヴェンダース監督の、ロードムービー三部作の第1作「都会のアリス」をレンタルDVDで観た。ツタヤディスカスで在庫が5枚しかなく、レンタルにはしばらく待たされた。中古DVDはプレミアム価格となっていて高い。U-NEXTで唯一動画配信が行われているようだ。1973年の映画である。

31歳のドイツ人作家フィリップは、旅行記執筆のため米国内を旅していたが、すべて同じような風景に見え、TVの番組も似通っていて面白くない。ポラロイド写真を撮りまくったが、文章は1行も書けないでいた。

折りたたみ式のSX-70ポラロイドランドカメラは、発売されたばかりのシートフィルム方式で、当時の日本の感覚では贅沢品だった。フィルム代も安くはなかったと思う。監督が惚れこんで、ポラロイド社から借り受けたということだが、フィリップには分不相応な持ち物に見え違和感を感じた。

デジタルカメラに押されて、ポラロイド社がポラロイドフィルム製造を中止した後、インポッシブル・プロジェクトによる復活まで長い道のりだった。現在は再び、フィルム、カメラとも手に入る。しかし、フィルムはかなり高価である。

ニューヨークからドイツに帰国することにしたが、ドイツの空港ストライキのため、ドイツに向かうすべての便が欠航。アムステルダム便に乗り、陸路ドイツを目指すしかなかった。空港で、離婚したばかりのドイツ人女性リザと9歳の娘アリスと知り合った。エンパイアステートビルでの待ち合わせにも、アムステルダムでの待ち合わせにもリザは現れず。フィリップはアリスを連れてニューヨークからアムステルダム、アムステルダムからドイツのヴッパタールへと旅を続けていった。

アリスの記憶ではおばあちゃんの家があるはずのヴッパタールは、懸垂型のモノレール、ヴッパタール空中鉄道が目を惹く。

最初は自分の価値観ですべて判断する嫌なヤツと感じられるフィリップだったが、アリスとの交流の中で徐々に心を開くようになっていった。

途中、警察に助けを求めたが、アリスは警察を脱走して、またフィリップと旅を続けた。親子でない男性と幼女が一緒にいたら、今日ならペドフィリアという理由で逮捕されていたのではないだろうか。

シャーロット・ランプリング主演「愛の嵐」

前回の「未来惑星ザルドス」に引き続いて、シャーロット・ランプリング繋がりで、手持ちのDVDから「愛の嵐」を見直した。

シャーロット・ランプリングは、これから公開のドゥニ・ヴィルヌーヴ監督の「DUNE」に、教母ガイウス・ヘレン・モヒアムとして出演するので、今までの作品をおさらいしておこうという意図もあった。

「愛の嵐」は、リリアーナ・カヴァーニ監督の1974年の映画。ナチス帽にサスペンダーで歌い踊るユダヤ人少女の姿が、多くの観客の心に強烈な印象を残していることだろう。

ナチス親衛隊将校だった過去を隠して、ウィーンのホテルの夜番フロント兼ポーターとして働く男マックスの前に、かつて強制収容所で弄んだ女性ルチアが、高名なオペラ指揮者の妻となって客として現れた。最初はすぐにもウィーンを出ていこうと主張したルチアだったが、なぜか夫を巡業公演に送り出し一人残った。ルチアとマックスは、二人して、血と痛みそして飢餓を伴った、出口のない狂気とも言える病的な恋愛関係に溺れていく。

ところどころにナチス時代の回想シーンが挟み込まれるが時間的には短く、視点は常に現在に引き戻される。思い出で飾られた過去の官能ではなく、今の底の知れない泥沼が描かれる。

元ナチス将校秘密互助会の存在は、恐ろしいが興味を惹かれる。実際にこのような組織があったということだ。