カテゴリー別アーカイブ: 演劇

唐十郎「ひやりん児」(2011)

2024.5.4 唐十郎が死去した。死因は急性硬膜下血腫。

2012年5月に自宅前で転倒、重症な脳挫傷を発症した。回復し、エッセイ集「ダイバダッタ」を2015年に刊行したが、舞台への復帰と新作戯曲の発表は叶わなかった。

筆者が、唐さんの出演する舞台を最後に観たのは、2011年6月の唐組公演「ひやりん児」、花園神社・紅テントということになった。2011年秋公演「西陽荘(にしびそう)」は観ていない。

「ひやりん児」のあらすじ:豆腐売りの青年は妹とともに、情け心から失踪したおじさんを探す内、宝石やら漁業権やら、しがらみのある人々の争いに巻き込まれ、隠された事の真相に迫っていく。

この時も唐さんは、恒例の水槽潜りを披露した。

このブログに以前記したが、筆者の紅テント体験は、1975年秋の「糸姫」から始まった。劇団は「状況劇場」から「唐組」へと変わり、出演する俳優も入れ替わり、筆者の公演を観る頻度も時期により変化していったが、持続的に紅テント公演を続けていった唐さんのエネルギーには敬服を禁じ得ない。

古い仲間の中で、偲ぶ会の計画が持ち上がっている。

ケラリーノ・サンドロヴィッチ「骨と軽蔑」

2024年2月29日、日比谷のシアター・クリエで、KERA CROSSシリーズの最終回となる第5弾「骨と軽蔑」を観た。

KERAの作品が上演されることの多い下北沢を離れ、シアター・クリエで、KERAの過去の作品を、さまざまな演出家の手で作り上げる企画のKERA CROSSだが、最終の5本目はKERA本人が演出する約束となっていた。作品も書き下ろしの新作となった。

宮沢りえ、鈴木杏、犬山イヌコ、堀内敬子、水川あさみ、峯村リエ、小池栄子の女優だけ七人による芝居である。

とある国では、東西に分かれての内戦が続いている。男性は皆、召集され前線に送られ姿が見えない。現在は残された女性たちと少年・少女からの召集が続けられていた。

チラシのコメントによると会話劇である。密度が高い。楽しかった。

演出:森新太郎、振付:森山開次「夜叉ヶ池」

2023年5月7日と11日の2回、PARCO劇場で、作:泉鏡花の舞台「夜叉ヶ池」を観た。主人公、萩原晃を勝地涼が演じた。友人、山沢学円が入野自由、萩原の妻、百合が瀧内公美という配役だった。

この舞台で最も印象に残ったのは、森山開次振付による、竜神白雪姫とその眷属たち魔物らのダンスである。異質な動きを伴った壮麗な踊りは、圧巻であり美しかった。対する人間たちの、卑小で俗な様が際立った。

勝地涼の演技を思い返してみると、2007年の蜷川幸雄演出「カリギュラ」での、カリギュラを慕う青年シピオンが好演で光ってた。映画では2020年の武正晴監督のボクシング映画「アンダードッグ」の芸人ボクサーか。

瀧内公美の今回より前のものは、2014年の初主演映画「グレイトフルデッド」のぶっとんだ演技しか知らない。これから他の作品も見ていこう。

今回の2回のチケットは、一方はイープラス、もう一方はパルコ直営のパルステ!の抽選による先行予約で取った。どちらも最前列中央のかぶりつきで、座席に優劣はつけられなかった。

吉田鋼太郎演出、小栗旬出演「ジョン王」

彩の国シェイクスピア・シリーズとして、蜷川幸雄の後を継いだ吉田鋼太郎演出の「ジョン王」は、最初2020年6月に彩の国さいたま芸術劇場で上演が予定されていた。小栗旬出演で、チケットがどうしても取れないほど人気を集めていた公演だったが、緊急事態宣言で全公演が中止。

このままでは、シェイクスピア全37戯曲の完全上演の目標が達成できていないと、2022年12月〜2023年2月の上演が決定された。東京公演の会場はシアターコクーン。前回のチケット取りで懲りていたので、劇場に足を運ぶための努力はしないで、Bunkamura STREAMINGでの映像配信で視聴した。

小栗旬が、最もセリフの多い私生児フィリップを演じるが、主要な役はすべて充実した出番がある群像劇として描かれている。印象に強く残ったのは、吉原光夫のジョン王と玉置玲央のコンスタンスだ。

高校の世界史で勉強した、王の権限に制限を加えるマグナ・カルタについて、シェイクスピアはいっさい触れていない。

この「ジョン王」は、今日ではシェイクスピア劇の中でもっとも人気がない作品と言われている。それもあって今回の上演には注目が集まったのだろう。

アラバール作、生田みゆき演出「建築家とアッシリア皇帝」

2022.12.4にシアタートラムで、劇作家フェルナンド・アラバールの代表作「建築家とアッシリア皇帝」を観た。前から4列目で中央近くのいい席だった。田ノ口誠悟の新訳で、生田みゆき演出、二人芝居で岡本健一、成河出演。

絶対にチケットが取れるように、確率を上げるため自社のチケット先行販売が利用できる、世田谷パブリックシアター友の会に入会した。イープラス、ぴあなどの大手は避けたのだ。

二人の俳優、岡本健一と成河の演技は冴えていて、切れ味良く、充分に楽しめた。

アラバールの演劇は、1970年代に芝居を齧った筆者には原点にあたる。懐かしい。テアトル・パニック(恐慌の演劇)と自らの作品を称したアラバールだが、ベケット、イヨネスコに続く、不条理演劇の第二世代とも位置付けられる。

不条理演劇のストーリー性のない、「関係」でできた世界。舞台から、ループ量子重力理論の提唱者、カルロ・ロヴェッリの著書「世界は関係でできている」で語られた哲学のアナロジーを感じ取った。1967年のパリでの初演から55年経つが、今でも生き生きとした刺激をもたらしてくれる作品だ。

1970年代後半に購入した宮原庸太郎訳の戯曲集。

唐十郎作、金守珍演出「泥人魚」

2021年12月9日、シアターコクーンで「泥人魚」を観た。

「泥人魚」は、2003年4月唐組で初演。読売文学賞、紀伊國屋演劇賞、鶴屋南北戯曲賞を受賞した、唐十郎後期の名作戯曲である。惜しくも唐組の公演は見逃したが、また唐十郎が熱いと唐組次回作、2003年秋公演の「河童」から唐組の熱心なファンに戻った。2012年5月に唐十郎が脳挫傷の大けがを負って、舞台出演ができなくなるまで観客を続けた。現在唐組は弟子の久保井研が演出している。

18年ぶりの再演となる本公演の演出は、劇団・新宿梁山泊主宰の金守珍。2019年に唐十郎の劇団・状況劇場時代の最高傑作「唐版風の又三郎」を、同じシアターコクーンで上演している。「唐版風の又三郎」も初演の状況劇場の公演は観ていないが、角川書店から出た戯曲を李麗仙、根津甚八を思い浮かべ何度となく読み、安保由夫作曲の劇中歌をいつも口ずさんで舞台を想像していただけに、このときの公演は、安保由夫の曲が使われていないことで期待はずれに感じてしまった。

今回は、積み上げた思い入れがなかったので、素直に楽しむことができた。

主演は宮沢りえ。宮沢りえの舞台は2019年のシス・カンパニーの「死と乙女」以来2年ぶり。この舞台については、川崎市眼科医会報で文章にしたのでこのブログには載せていない。感動を呼ぶ舞台だった。

漁港を去って、今は町のトタン屋で暮らす蛍一(磯村勇斗)のところに様々な人物が押しかけるが、昔お世話になった漁師ガンさんの養女やすみ(宮沢りえ)も現れる。やすみの脚のつけねには輝く鱗のように桜貝が張り付いていた。

トタン製の湯たんぽが数多く天井からぶら下げられ、密度のある空間を作り上げていた。金属製の湯たんぽがまだこの世に存在していることに懐かしさと同時に憎しみを覚えた。筆者は小学生の頃まで、湯たんぽで寝具を温めなければ眠れなかった。就寝中にカバーが口を開けてしまったのか、左足首にII度熱傷のあとのケロイドが残る。

闖入した客の手により何枚かのトタン板で蛍一の家が区切られ、向こう側の世界と隔絶される。諫早湾のギロチン堤防を模している。

中川翔子出演「SHOW BOY」

生しょこたんを見るために、2021.7.8 マチネの、シアタークリエの舞台「SHOW BOY」に行った。しょこたんがTwitterで、これのメイクと衣裳を話題にしていたのだ。素敵だったのでチケットを取った。

ジャニーズの男性4人のユニット、「ふぉ〜ゆ〜」の持ちネタの舞台で、今回は2年ぶり2回目の公演となる。演出はウォーリー木下。

巨大な豪華客船の最大の見世物は、キャバレー・キットカットクラブで午前0時に開幕するショーステージだ。しょこたんが支配人として取り仕切っている。準備に追われるキャバレーの裏側では、あちこちでトラブルが同時発生していた。

しょこたんはジャニーズの面々に負けることなくダンスをこなした。一人だけ背が低いのが目立つのがご愛嬌。唄も良かった。「裏方」を演じるふぉ〜ゆ〜の福田悠太が弟で、しょこたんが姉の役柄だったがそつなく演じられていた。太い声を出していたのは役作りの結果か。のどを痛めていないかと心配になった。

唐十郎「任侠外伝 玄海灘」

女優、李麗仙が、2021.6.22逝去された。

紅テント、状況劇場で主演女優を務め、アングラの女王とも呼ばれた。唐十郎の元妻、大鶴義丹のお母様である。

このブログで以前に触れたが、状況劇場の芝居は1975年の「糸姫」から観ていた。根津甚八と李麗仙が主演という形が定着して久しく、小林薫がメキメキ実力をつけていった時代である。人気は凄いものだった。毎回、テントにぎゅう詰めになって舞台を観た。

故人を偲ぶにあたって、映像ならすぐに再生できる。「任侠外伝 玄海灘」は、1976年公開の、唐十郎が監督した唯一の映画である。大学の劇団の先輩が端役だが出演したので、個人的にも感慨深い。映画のオープニング曲の韓国現代歌謡を、李麗仙と密航の女達で焚き火を囲んで歌うところが写真のシーンだ。

出演者から教わった歌詞はこうだ、

サランエー コーンモッコリ コッケマンデュローソ サーラハヌーン ターンシネゲ コーロテュリゴシッボー  ターシヌーサーラハヌイマウーン アルゴケシルカー

これだけの情報で、こはら眼科の峰村健司先生が曲名、歌詞を調べて日本語訳をつけてくれた。이영숙(イ・ヨンスク)が唄う꽃목걸이(花の首飾り)で1972年の曲である。

歌詞カードは、以下のURLで参照できる。

https://blog.daum.net/memil9599/45

愛の花の首飾り きれいに作って 愛するあなたに かけて差し上げたい。 あなたを愛するこの気持 ご存知でいらっしゃるだろうか  (以下繰り返し)

Apple Musicに元の曲があった。これは映画のオープニング曲と同じものだ。

https://music.apple.com/jp/album/%EA%BD%83%EB%AA%A9%EA%B1%B8%EC%9D%B4/1064556037?i=1064556111

ロマン・ポランスキー「毛皮のヴィーナス」

2013年のフランス映画、ロマン・ポランスキー監督の「毛皮のヴィーナス」を、prime videoで観た。19世紀オーストリアの小説家マゾッホの「毛皮を着たヴィーナス」をもとにした、劇作家デイヴィッド・アイヴズの舞台劇の映画化である。

「毛皮を着たヴィーナス」を脚色した舞台を上演しようとする脚本家・演出家のトマは、オーディションに遅刻してきた無名の女優ワンダの演技を見ることとなった。俗世間の偏見を代表するような発言をしていたワンダだったが、役を始めてみるとその理解は深く、トマが望む理想の演技をするのだった。やがて2人の立場は逆転していく。最後に2人は役を交換して、カタストロフィに至る。

ワンダをポランスキーの妻でもあるエマニュエル・セニエが、トマを「潜水服は蝶の夢を見る」のマチュー・アマルリックが演じた。2人芝居であり、この2人しか映画には出てこない。

脚本家、演出家にとって役を充分に理解した理想的な役者とは、自分自身の投影か。映画は、台本の読み合わせから始めて、まだ書いていないシーンの即興演劇に移っていく。自分自身が相手役ならば、完璧な即興演劇も可能だ。このブログの筆者の繰り返し見る悪夢の1つに、まだ脚本すら書いていないのに舞台に立っているという辛いパターンがある。この状況を相手役に支えられた即興演劇で乗り切った夢の続きを見たときに同じことに気づいた。

新宿梁山泊「ユニコン物語」

2018年6月17日、新宿花園神社で、新宿梁山泊の紫テント公演「ユニコン物語」を観た。

唐十郎率いる紅テント、劇団状況劇場での初演は1978年の春だった。池袋駅東口びっくりガード横にテントを張って、常田富士男が客演したことは思い出した。西武デパート池袋店に、まだ西武美術館があった時代であり、池袋を芸術の中心地と呼んでもおかしくなかった頃の出来事だ。冒頭のカツ丼が空を飛ぶシーンははっきり覚えているが、もうほとんどの記憶がかすれている。根津甚八が状況劇場で最後に主演したのは「ユニコン物語」ではなかったっけ? いや、それは「河童」だったっけ?

劇団唐ゼミで唐十郎による改訂版「ユニコン物語 溶ける角篇」が2006年に上演されたようだが、これは観ていない。金守珍によれば、オリジナルの台東区篇の再演は今回が初めてということだ。

テント芝居では、必ず桟敷席でかぶりつきに座ることを自らに課して来たのだったが、腰がいよいよ耐えられなくなって、階段指定席というものを初めて取った。背もたれ付きのクッションが用意されていて、桟敷にベタずわりするのと比べると信じられないくらい楽だった。

今回も大久保鷹が出るので観に行ったのだ。なかなか出番が回ってこなかったが、昔よくやってた、唇と鼻の間の三角形を緑色にべったりと塗るメイクをしていた。

装置が状況劇場と比べると、全体に立派できっちりと作ってあった。どこからお金が出ているんだと思ったら、文化庁の文化芸術振興費補助金を取得していた。ネンネコ社本社ビルは、状況劇場ではリアカーの屋台みたいなものだったので、

医者 なんか柔構造らしいね

看護婦 はい、どんな地震でも耐えますが、体当たりには弱いらしいですわ

という科白が生きたのだ。

大久保のロケット工場で上演された状況劇場の「糸姫」(1975年)で、小林薫がオートバイで爆音を上げて、舞台上、目の前で回転するのを見て衝撃を受けた。今回の大鶴義丹のバイクアクションは「だから何?」という感想となってしまった。昔と違って、騒音問題で近隣住民の手前、爆音を上げるわけには行かないんだろうなあと同情しておこう。

同時期に上演された劇団唐組の「吸血姫」で、主演した大鶴義丹の異母妹、大鶴美仁音の評判が良い。唐組は唐十郎が倒れてから観に行ってなかったが、次の公演も大鶴美仁音が出るなら足を運ばなくては。