カテゴリー別アーカイブ: SF小説

藤井太洋「マン・カインド」

2045年、国際独立市テラ・アマソナスの指導者チェリー・イグナシオは、軍事企業〈グッドフェローズ〉に公正戦での戦いで勝利した。しかし、捕虜を虐殺してしまう。これを報道しようとした迫田城兵は、事実確認プラットフォームにより配信を拒否される。

以下の記述には、ネタバレを含みます。

未来の戦争の形が、根拠ある推論により導き出された。戦闘の中心となる戦闘員には特殊能力がある。また、量子コンピューティングによりITを革新した天才企業の社員たちの数学能力も常人ではありえない。

体外受精でアメリカで生まれたということが共通項だった。チェリー・イグナシオをテストベッドとし、体外受精の1%で勝手に遺伝子編集が行われていたのだ。

いわゆるデザインドベイビーの社会を扱った物語は多い。ガンダムSEEDのコーディネーターがまず思い浮かぶ。「マン・カインド」ではその成り立ちの、起こりうる形が詳細に書かれている。

体外受精の黎明期を題材にしたミステリー、山口美桜の「禁忌の子」も最近読んだばかりだった。こちらは秘密裏に行われた非配偶者間体外受精がもたらした悲劇を描いている。まだ、遺伝子改変の時代ではなく特殊能力は付与されていない。

最後の戦闘で登場する、銃弾をすべて避ける力を持った部隊。アニメ「リコリス・リコイル」の錦木千束の能力は計算上あり得るのか。彼女が7人もいたら…疲れるな。

松崎有理「山手線が転生して加速器になりました。」

「二〇一九年末、世界は未曽有のパンデミックにみまわれた。そのウイルスはエボラ出血熱を上回る致死率と激烈な感染力を特徴とし、しかもひんぱんに変異してワクチン開発の努力をあざ笑った。ついに人類は降参し、社会性哺乳類特有の密になる習性を捨て去ることにした。のちにいう「都市撤退宣言」が出されたのである。」

この背景を持つ世界を描いた上記短編集の6つ目の話、「みんな、どこにいるんだ」の内容に触れる。

筆者のもっとも好きな寿司ねたはタコだ。タコせんべいも、子供の頃駄菓子屋で買う定番のおやつだった。アニメ「ぼざろ」の影響を受け、江ノ島のタコせんべいをオンラインで購入し、ご近所に配ったりしている。

ピーター・ゴドフリー=スミスの「タコの心身問題」を読んでいるだろうか。タコは非常に賢い無脊椎動物である。ごく普通のマダコの身体には、合計で約5億個のニューロンがある、これは無脊椎動物の中では群を抜いている。タコの脳は脊椎動物の脳とはまったく違う。持っているニューロンの大半が脳の中に集まっているわけではなく、ニューロンの多くは腕の中にあるのだ。

現実世界では、知性の高い動物の狩猟を禁じる国際的な運動が、クジラのようにタコも守ろうとしている。高齢の日本人グループが、タコ焼きの美味しさの思い出を懐かしく語り合うという未来がやってくるのだろうか。

「みんな、どこにいるんだ」では、ある年の2月29日にタコが道具を使って人間の文字で、「ワタシタチヲ タベナイデ」と世界中で訴えたことが、事件の始まりだった。

饗庭淵「対怪異アンドロイド開発研究室」

小学生のころ、手塚治虫の漫画「鉄腕アトム」で育った我々の世代は、アイザック・アシモフのロボット工学三原則で、AIとそれを搭載したロボットにより人間は守られていると、つい錯覚してしまう。

本書の主役の怪異調査アンドロイド、アリサは、人間の利益のためではなく、自らの目的のため行動を決定する。

また、アンドロイド開発に数百億円の費用をかけ、その目的は通常の人間には存在すら信じられない怪異の調査である。このアンバランスさは小説や映画でなければ味わえない。一般的には、人類全体の幸福値を上昇させるためには、その費用をどこぞやの戦争の終結に使用した方がコスパがいいとされ、オカルトに使うような無駄遣いは許されないのだ。

アリサと怪異との会話で特に気に入ったところを引用する。第1章だ。

「おばけは怖くありません。機械(アンドロイド)ですから」

「マジ? 俺iPhoneだからなあ」

第1部は書籍化している。第1部、第2部ともに、カクヨムのサイトで無料で読むことができる。

安野貴博「サーキット・スイッチャー」

完全自動運転車が普及した2029年の日本。自動運転アルゴリズム開発会社の社長・坂本は、仕事場の自動運転車内で突如拘束された。襲撃犯はその様子をライブ配信し首都高の封鎖を要求、さもなくば車内に仕掛けた爆弾が爆発すると告げる。

作者は1990年生まれ、AI研究で有名な東京大学工学部松尾豊研究室を卒業。本作品で、AIはトロッコ問題をどう判断すべきなのかなどの議論が投げかけられる。

SF小説にして、サスペンス、ミステリーの要素が満載。一気に読んでしまった。

2024年7月7日の東京都知事選。無所属新人で第5位の得票数、予想以上の結果と取るべきか、予想通りの結果とするか。開発したシステムは、すべてオープンソース化すると公表している。

陸秋槎「ガーンズバック変換」

主にミステリーのジャンルで活躍する、中国人作家陸秋槎(現在は日本の石川県在住)の、初SF短編集となる「ガーンズバック変換」を読んだ。

表題作は、なにそれ信じられないと言えるような、現実の「香川県ネット・ゲーム依存症対策条例」に想を得て発展させている。未成年の香川県民は、液晶画面が真っ黒にしか見えないガーンズバック眼鏡の装用が義務付けられ、違反すると学校の退学を含めた重い罰則が科せられる。その装用状況は外部からモニターされていると噂されている。

作者あとがきには、日本の女子高生をちゃんと描けるか自信がなく、青春映画の雰囲気を想像しながら執筆したとある。もちろん百合にも不足はない。

作者の初SF小説である「色のない緑」、日常系SF「開かれた世界から有限宇宙へ」も面白い作品だ。

宮澤伊織「ウは宇宙ヤバイのウ!〔新版〕」

長らく読むことができなかった、宮澤伊織のSF小説、パロディとオマージュに満ち溢れた怪作が新版となって誰もが買えるようになりました。

SFファンには釈迦に説法でしょうが、タイトルは、レイ・ブラッドベリの「ウは宇宙船のウ」と、2ちゃんねる哲学板「宇宙ヤバイ」コピペによる。パロディの元ネタの主要なものが、作者あとがきに列挙されています。

復刊にあたって主人公がジェンダーチェンジし、男性から女性に変わり、百合になった。他には、10年の間に時代に合わなくなった描写は手直したということですが、お話は全く同じと。

10年前は予想に反して全く売れなく、続刊できなかったことに未練があるそうです。「裏世界ピクニック」で読者が増えた作者なので、今回は続刊にこぎつけられるだろうと一読者として信じて願っています。抱腹絶倒の面白さに満ち溢れてますから、多くの人に読んでもらいたい。

劉慈欣「三体0 球状閃電」

「三体」の雑誌での連載は、2006年に始まった。本書「三体0 球状閃電」は、2005年に単行本として刊行。「三体」の前日譚にあたる。

現在においても、そのメカニズムがわかっていない自然現象、球電。主人公の陳は、14歳の誕生日に、球電により両親を灰にされた。その後の人生を球電研究に捧げることになる。

球電が目撃された泰山で、球電の兵器利用を追求しようとする博士課程の女性、林雲に、陳は出会う。林雲はその後、新概念兵器開発センター少佐となり、陳と共に球電研究にのめり込んでいく。

幾多の失敗を経験したあと、陳は球電が未知の空間構造ではないかという仮説を立てる。仮説の検証は、今の研究チームの能力を超える。「三体」シリーズで重要な役割を果たす、世界的理論物理学者、丁儀が仲間に加わる。

思いもよらない概念の出現、加速度的な展開のハードSF。それでいて人間も描かれる。読み進むにつれ邦訳版の「三体0」というネーミングが、当を得たものだったことがわかってくる。

「三体0」および「三体」とは無関係だが、スターリンによる大粛清を描いた、ニキータ・ミハルコフ監督の映画「太陽に灼かれて」のラストシーンで、光の玉が部屋の中に入ってきて、何も起こさず窓をすり抜けて出ていく。筆者は球電だと思っているが、誰もコメントしていない。どうなんだろう。1994年ロシア・フランス合作で、第67回アカデミー賞最優秀外国語映画賞受賞作。

斜線堂有紀「楽園とは探偵の不在なり」

日本SF作家クラブ編のアンソロジー「2084年のSF」で、斜線堂有紀の作品に初めて出会った。ジョージ・オーウェルの「1984年」から100年後の2084年が舞台ということだけが縛りの短編競作集で、23人の作家が参加してる。

斜線堂有紀の「BTTF葬送」は、2084年の映画界を描いた物語だ。映画の輪廻転生のため、往年の名画は100年で焼却されることになっている。BTTFすなわちバック・トゥ・ザ・フューチャーも2085年に葬送される。

2017年よりミステリー、SF、ライトノベル等のジャンルで斜線堂有紀は活動していて、出版された作品は多数ある。長編ミステリーで最も話題となっていた、本作品を読んでみた。

近年、ミステリー小説界では「特殊設定もの」と呼ばれるブームがあるそうだ。超常現象が起こっていても、論理性を重視した本格ミステリーが語られる。

この小説の世界では、顔がない不気味な天使があちこちにいる。2人を殺害すれば、天使により直ちに地獄に引きずり込まれる。このルールでは、起こり得ないはずの連続殺人事件の謎に挑む。

ミステリが読みたい!2021年版第2位。

小川一水「フリーランチの時代」

SF作家小川一水の、「老ヴォールの惑星」に続く傑作短篇集。表題作が一番気に入った。

火星基地で、高度文明を持つ異星人とあっけないファーストコンタクトを果たす。これでいいのかと思えるほどの安易さで、人類は次のステップに進んでいく。

劉慈欣の「三体」3部作がSFファンの心に残した、異星人不信のトラウマは大きかった。アンディ・ウィアーの「プロジェクト・ヘイル・メアリー」(2022年1月20日投稿)のような、成功裏に進んだファーストコンタクトの話に飢えている人は少なくないと思われる。

小川一水の短編でシリアスな感動を望むなら、「老ヴォールの惑星」の中の「漂った男」が必読の作品だ。第37回星雲賞日本短編部門を受賞。2005年8月に出版されていて、筆者は2006年8月に短編集とともに読了した。

フィリップ・K・ディック「パーマー・エルドリッチの三つの聖痕」

1982年のリドリー・スコット監督の映画「ブレードランナー」の原作がフィリップ・K・ディックの「アンドロイドは電気羊の夢を見るか?」であるが、これと並ぶディックの代表作「パーマー・エルドリッチの三つの聖痕」を読み直した。

「電気羊」を読んだのが、映画「ブレードランナー」を観た後で、同じころに「パーマー・エルドリッチ」を読んだはずなので、1980年代前半以来、約40年ぶりの再読となる。

「電気羊」のあらすじを家人に説明しているうちに、「パーマー・エルドリッチ」と記憶がごっちゃになっていることに気づいたので、2冊とも読み直したのだ。

「ブレードランナー」の中で、強力わかもとの映像で飛行船が宇宙移民の半ば強制的な宣伝をしていた。移民の実際の生活を描いたのが「パーマー・エルドリッチ」だ。火星の開拓地の穴ぐらの中で、バービー人形のようなパーキーパット人形とその小道具のセットにドラッグの力で没入し、環境破壊前の幸せな地球の生活を疑似体験する。移民たちはこれでぎりぎりの精神の均衡を維持しているのだった。

プロキシマ星系から帰還した実業家パーマー・エルドリッチが、新しいドラッグ「チューZ」をもたらした。しかし、チューZを1度でも使用すると、パーマー・エルドリッチの幻影、あるいは実体にずっと付きまとわれることになるのだった。三つのスティグマとは、パーマー・エルドリッチの義手、義歯、義眼を指している。

いろいろな面でディックの代表作の1つだ。