カテゴリー別アーカイブ: SF小説

アンディ・ウィアー「プロジェクト・ヘイル・メアリー」

「火星の人」のアンディ・ウィアーの新作。とんでもなく面白かった。どう紹介してもネタバレとなって感動が薄れてしまうので、詳しくは書けない。異星人とのバディものとだけ記しておく。アメリカでは2021年5月に出版されるや直ちにベストセラーとなり、現在ライアン・ゴズリング主演で映画化が進行中。

とにかく多くの人に読んでもらいたい。

早川書房邦訳版の、上巻と下巻の表紙が1枚の絵の左と右であることに、このブログのタイトル写真として2枚を結合して初めて気づいた。

スタニスワフ・レム「インヴィンシブル」

スタニスワフ・レムの作品で一番好きな、ファーストコンタクト三部作の三番目がポーランド語原典からの新訳となった。邦題「砂漠の惑星」で出版されてたやつだ。このブログには2020年5月6日に投稿した。以前のはロシア語からの重訳だった。原題の「無敵号」を英語にして「インヴィンシブル」が新しいタイトル。

あらすじを、巻末の沼野充義の解説から引用する。宇宙船インヴィンシブル号は、行方を絶ったコンドル号を捜索するために、琴座のレギスIII惑星にやってくる。そこでコンドル号の乗組員たちを襲った原因不明の不可解な大量死に直面し、謎が突き付けられる。インヴィンシブル号の乗組員たちは、その謎を解明するために惑星の探検を続け、奇怪な都市(のようなもの)の廃墟や、小さな金属製の「虫」が群れを成して作る恐るべき黒雲に遭遇する。

1964年の作品で、本邦初訳は1968年。ハヤカワ文庫に収録されたのが1977年である。筆者が読んだのは1979年ごろだ。

多数の小さな虫が群体を成して攻撃してくる。このイメージは、他の作家の作品にも散見される。ミヒャエル・エンデの「はてしない物語」は岩波書店から厚いハードカバーで邦訳が1982年に出版された。筆者は1984年ごろ、映画化される前に読んでいる。小さな「虫」が集まって大蜘蛛の姿を取る群集者イグラムールに、幸いの竜フッフールが襲われている所に出会い救うのだ。

映画「ネバーエンディング・ストーリー」は1984年公開で、コンピューターグラフィックス(CG)の時代の前のローテク・オンリーの作品だ。イグラムールの映像化は無理と、影も形も出てこない。全面的にCGが使われた映画「トロン」が1982年にすでに存在しているのだが。

2008年の映画「地球が静止する日」は、1951年の映画「地球の静止する日」のリメイクである。宇宙人クラトゥをキアヌ・リーブスが演じた。巨大ロボット、ゴートが虫型ナノマシンに姿を変え、人類を滅ぼそうとする。もちろんCGで描かれた。

斧田小夜「飲鴆止渇」

鴆は中国の伝説の毒鳥。タイトルは、鴆の毒の入った酒を飲み渇きを癒やす、すなわち、後のことを考えず目先の利益を得るという四文字熟語から。

羽毛にも毒のある鳥として、ニューギニアに生息するピトフーイが有名か。時雨沢恵一の「ガンゲイル・オンライン」に、ピトフーイという名のキャラクターが登場する。鴆も架空の存在ではなく、過去の中国に、今では絶滅した毒鳥が実際に生息していたとする説がある。

本作品の鴆は、翼長3里に達し、衝撃波で人間や建物を切り裂くラドンのような怪獣である。毒も持っている。現代が舞台で、アジアの小国、揺碧国で民主化を求めるデモと軍が対峙しているさなかに出現した。天安門事件を思い起こされる。

事件の後、政権は変わり、国は発展し科学技術も進歩した。鴆毒に対して、ナノマシンを体内に入れる輸血治療が普及している。

第10回創元SF短編賞優秀賞受賞作。

劉慈欣「三体III死神永生」

「三体」3部作の最終巻、「死神永生」が2021.5.25に発売となりました。

作者、劉慈欣のインタヴューによると、「三体I」「三体II黒暗森林」は、SFファン以外の読者にもわかるよう書いてという出版社の意向に沿った部分がありますが、第3部「死神永生」は純粋にSFファン向けに全開で書いたということです。

新しい主人公として、若き女性エンジニア程心(チェン・シン)を迎え、彼女を中心としてストーリーは進行していきます。そして、全宇宙サイズの規模と宇宙の終末までの時間的広がりを持つメタフィクション的物語世界だったことに理解が追いつきます。

冒頭に入れられた歴史、コンスタンチノープル陥落が、4次元世界との邂逅が過去にあったことを示していることに気づかされますが、歴史小説として読んでこの部分も面白い。Netflixオリジナルドラマ「オスマン帝国:皇帝たちの夜明け」を観て知識を補完しました。

三体未読の方は、第1巻「三体」からページを開いてください。

アサウラ「シドニアの騎士 きっとありふれた恋」

弐瓶勉のSF漫画・アニメの「シドニアの騎士」をアサウラがノベライゼーションした。弐瓶勉のTwitterで知って読んだ。

既存の「シドニアの騎士」の世界と設定・人物は変わらずシームレスに繋がる。

中性の整備士、金打ヨシと、クローンである仄姉妹の1人、仄燧の淡い恋愛の物語。

作者のアサウラは、「黄色い花の紅」で2006年に集英社からデビューした。デビュー作が今でも心に残る。拳銃が中心のガンアクションで百合の要素もあるが、シングルアクションとダブルアクションの違いもわからない一般人に、丁寧に解説を加えてくれていた。電子版で復刻している。

アニメ映画「シドニアの騎士 あいつむぐほし」の劇場公開が延期された。現在のところ、2021年6月4日が公開予定日だ。

酉島伝法「皆勤の徒」

ビジネス小説、会社小説というと、SFの界隈で有名なのはこの短編集の表題作。4つの短編からなる連作をすべて読み終えると、壮大なポストヒューマンの遠未来世界が頭の中に広がる。1回目の読書に2ヶ月半かかった。紙本で買い直して、現在2回目の読書中。イメージを完璧なものにするためには、これから何回も読むことになるだろう。

表題作は2011年の第2回創元SF短編賞受賞作。短編集は第34回日本SF大賞を受賞した。本文中のイラストは作者による。

読む人を選ぶ小説ではある。造語だらけの本作品を読みやすくするための用語集が設定資料集という形でKindle本となっている。

山本弘「プロジェクトぴあの」

noteで配信された、あとがき「これは『ハードSF作家・山本弘』の遺書だと考えてください。」という殺し文句に突き動かされて本書を購入ダウンロードした。作者は、2年前に罹患した脳梗塞で計算能力と論理的思考能力を失ったままだという。

noteの記事へのリンクは下記。

https://www.hayakawabooks.com/n/nf9f666619589

タキオン推進を開発する、マッドサイエンティストのアイドル歌手の10年間に渡る物語である。あとがきで触れられた通り、主人公の結城ぴあのは、性格から行動まで首尾一貫して人類の規格を超えた、非常に魅力的なキャラクターだ。

巻末の野尻抱介による解説にさらに追加すると、ファインマンの教科書「ファインマン物理学II」の第21章「爪車と歯止め」に、ブラウン・ラチェットが詳述されている。ここでの扱いは、むしろ、熱力学第2法則が破れないことの例証としてだ。

太陽のスーパーフレアから、第2国際宇宙ステーションに取り残されたクルーを救出する場面で、このブログの筆者は感極まって声を上げて泣きそうになったことを告白しておく。

ケン・リュウ編「月の光」

「紙の動物園」のケン・リュウが、編纂・英訳を行い、その邦訳として2018年に出版された現代中国SFアンソロジー「折りたたみ北京」は、多くの読者を獲得した。これに続く現代中国SFアンソロジー第二弾が「月の光」だ。14人の作家による16篇が収載されている。

もっとも胸を打ったのが宝樹(バオシュー)の「金色昔日」だった。作中の世界では、歴史がわれわれの世界とは逆向きに進行する。繁栄の日々は過去のものとなり様々な出来事を経て、毛沢東と文化大革命の時代から、蒋介石と中華民国の時代に移っていく。過酷な歴史に翻弄される主人公の生涯、幼馴染の恋人との別れ、再会、また別れが描かれる。

途中語られる「朝三暮四」の故事に色々考えさせられた。猿に栃の実をあたえるとき、朝に三個、夜に四個やると、猿は怒った。そこで朝に四個、夜に三個やると、猿はよろこんだと。時間の流れ方により現在の状況は変わろうと、幸せの総量は同じということか。

Twitterから、「折りたたみ北京」が中国で映画化されるニュースが飛び込んできた。

https://virtualgorillaplus.com/movie/folding-beijing-adoptation/

陳楸帆(チェン・チウファン)「荒潮」

中国南東部のシリコン島で日々、電子ゴミから資源を回収して暮らす最下層民「ゴミ人」。主人公の米米(ミーミー)もそのひとり。彼女たちは昼夜なく厳しい労働を強いられ、得たわずかな稼ぎも島を支配する羅、陳、林の御三家に搾取されていた。そんな中、島をテラグリーン・リサイクリング社の経営コンサルタント、スコット・ブランドルとその通訳である陳開宗が訪れて、事態は変化する。

「三体」の劉慈欣が「近未来SF小説の頂点」と絶賛した本書。中国での出版は2013年、英訳が2019年で、2020年1月に邦訳が発売された。

「最近の金持ちは携帯電話を換えるように手足を換えるんです。」ゴミにはウイルス(電子的なもの、病原体の両方)などで汚染された生体部品が混ざり込んでいた。

背後に潜んでいた「荒潮計画」。ビスマルク海海戦で沈んだ日本海軍の駆逐艦「荒潮」。艦長の婚約者だった生化学者鈴木晴川は、戦後米軍と契約し幻覚剤兵器の開発を主導したのだった。

「荒潮」もダンピール海峡の悲劇も私が知ったのは、今年で7周年となる艦船を擬人化した某ブラウザゲームでだが、本作の執筆は2011年から2012年ということなので、ゲームとは無関係のところから作者の構想が生まれたのは確かだ。

巨大人型兵器と主人公の精神感応リンクも描かれる。英訳版の表紙はこれによる。

陳楸帆の短編は、ケン・リュウ編集のアンソロジー「折りたたみ北京」(2018年)で、「鼠年」「麗江の魚」「沙嘴の花」の3篇が出版されている。とくに「鼠年」の印象が深かった。本シリーズの第2弾「月の光」には、「開光」「未来病史」の2篇が載っている。これから読む予定だ。

劉慈欣「三体II黒暗森林」

劉慈欣の三体3部作の第二作「黒暗森林」が本年6月18日に発売となりました。私自身は6月中に読み終わっています。このブログに載せるのが遅れるのはいつものことですが、ネタバレしたら絶対にまずいストーリーの大展開が何度もあるので、具体的な紹介が書けないことも遅れの原因でした。

このブログ内では、2019年8月の投稿で最初の「三体」第一作の紹介をしています。まだお読みでなければ、そちらをお先にどうぞ。

三体世界からの侵略艦隊の到着を四百数十年後に控えた地球は、11次元の陽子から作られた、タイムラグのない量子もつれによる通信が可能な、智子(ソフォン)の監視のもとにある。人間の心の中だけが智子にのぞかれない場所だという理由で、4人の選ばれた面壁者に人類の未来は託された。