カテゴリー別アーカイブ: SF小説

小川哲「ゲームの王国」

上巻は、カンボジアの過去を舞台とした歴史小説。シハヌーク翼賛体制からロン・ノル政権にかけての秘密警察の時代と、クメール・ルージュのポル・ポト政権による大量虐殺の時代が描かれる。主人公の一人ソリアはポル・ポトの隠し子とされたプノンペンの孤児で、嘘を見抜く能力を持つ少女である。もう一人の主人公の少年ムイタックはバタンバン州の田舎ロベーブレソン村出身の天才児。他にも、へんてこな能力を持ったマジック・リアリズム的な人物が何人も登場する。少女と少年は、バタンバンの街でカードゲームの勝負を行い、本当の楽しさを味わった。この日にクメール・ルージュによる支配が始まってしまう。

下巻は、近未来2023年が中心となって話が進むSF小説である。ソリアは政治家となっている。ムイタックは大学教授となり脳波(誘発電位)でコントロールするゲームを開発した。

ソリアは1956年生まれで、18歳の時にクメール・ルージュによる占領を体験した。筆者と同年代の設定である。筆者も、都市から農村への強制移住を一面で報じた新聞記事を覚えている。

ポル・ポトにより、カンボジアの人口800万人のうち170万人が殺害されたと考えられている。その原始共産制の試みと文明破壊の悲惨な光景を描いたのが、1984年の名作映画「キリング・フィールド」だ。映画も見ておいた方が、状況を理解しやすいだろう。

筆者の唯一のカンボジア実体験は、2006年のシェムリアプ、アンコール遺跡旅行である。観光の中心地では地雷の危険性がなくなったので、一家の夏休み旅行として行った。当時遊んでいたゲームの舞台にアンコールワットがあり、どうしても本物を見たかったのである。

「ゲームの王国」は2017年8月に単行本が刊行され、第38回日本SF大賞と第31回山本周五郎賞を受賞した。文庫と電子書籍が出たのは2019年12月だ。

マリオン・ジマー・ブラッドリー ダーコーヴァ年代記「カリスタの石」阿部敏子訳

6冊目。ダーコーヴァ年代記は創元推理文庫で、1986年から1988年の間に22冊が翻訳刊行されました。残念ながらシリーズ途中で出版は打ち切りでしたが、この世界にどっぷりと浸っていたファンは多かったはずです。

人類が不時着して、独自の文明を作り上げた惑星ダーコーヴァが舞台。剣と魔法ならぬ超能力(ララン)の世界。女性たちがみんな生き生きと描かれてました。

一番好きだったのが「カリスタの石」、次は「ホークミストレス」かな。

カバーと挿絵は、加藤洋之&後藤啓介でした。

スタニスワフ・レム「砂漠の惑星」飯田規和訳

7日間ブックカバー紹介のまねごとの5冊目です。ポーランドSFの巨匠であり、世界的SF作家であるスタニスワフ・レムの、ファーストコンタクト三部作の3番目を選びました。三部作は、人類とは違う異星人との意思疎通の不可能性がテーマとなっています。ハチ(米津玄師)の「砂の惑星」ではありませんよ。

レムを読み始めたのは、アンドレイ・タルコフスキーの映画「惑星ソラリス」の原作者であり、原作「ソラリスの陽のもとに」が映画よりずっと素晴らしいという評判を聞いたからです。現在は新訳版が「ソラリス」という書名で出ています。

意思を持つ惑星の海との葛藤を描く思弁的な「ソラリスの陽のもとに」と異なり、「砂漠の惑星」は未知の敵との戦いも描かれ、エキサイティングで没入しやすい小説です。これでレムに魅せられて、レムの作品を次々と読んでいきました。

この頃(1979年ごろ)読んだSF小説は、大御所の作家のものが多かったと思います。アーサー・C・クラークならば「幼年期の終り」は、1953年の作品ですが必読の名作です。後味は苦いものが残ります。好き嫌いで言ったら、1980年に邦訳が出た「楽園の泉」のほうが好きでした。

草野原々「大絶滅恐竜タイムウォーズ」

SF作家、草野原々の作品を今までに読んだことがあり、「良し」あるいは「気になる」と捉えている読者には解説は不要。ぜひとも勧めよう。デビュー作、「最後にして最初のアイドル」に負けない規模を持つ、物語とはなにか、キャラクタとはなにかを問いかける作品である。

さあ彼女の「内面を想像して、共感して感情移入しましょう」。

このシリーズの第1作、「大進化どうぶつデスゲーム」を、先に読んでいたほうがこの小説をより楽しめる。前作は18人の少女たちをすべて一人称で語らせる実験作であったが、話の盛り上がりとその帰結という物語性は存在した。本作では、物語はメタ的にどんどん解体されていく。地球生物の進化の歴史、宇宙規模の物理学など、興味深いガジェットに惹きつけられている間に、遠く離れた地平線に墜落することとなる。

草野原々は、「最後にして最初のアイドル」で、2016年に第4回ハヤカワSFコンテスト特別賞受賞。電子書籍で商業デビュー。同作は2017年、第48回星雲賞日本短編部門を受賞。2018年に「エヴォリューションがーるず」「暗黒声優」を加えた短編集「最後にして最初のアイドル」が刊行された。メタフィクション「これは学園ラブコメです」(2019年)、電子書籍「【自己紹介】はじめまして、バーチャルCTuber 真銀アヤです。」(2019年)がある。

伴名練「なめらかな世界と、その敵」

表紙イラストは、「さよならピアノソナタ」「ib インスタントバレット」「かぐや様は告らせたい」の赤坂アカ。コミックスになった連載マンガはすべて読んでいる。ジャケ買いした。

早川書房によると、伴名練は寡作ながら発表した短編のほとんどが年間日本SF傑作選に収録され、高い評価を得ている逸材だと。その初のSF短編集だ。全6篇。

私のSF小説の嗜好にマッチした。

イラストだけを見て、表題作「なめらかな世界と、その敵」を読み始めた。第2章で、いくつもの並行世界を行き来できる世界設定はちゃんと説明されるが、まったく予備知識がないと第1章は苦しいかも。最後は、陸上に賭ける少女2人の青春小説となり、爽快感にあふれる。

「シンギュラリティ・ソビエト」。1960年代にソ連の人工知能「ヴォジャノーイ」がシンギュラリティを突破した。ダークな歴史改変もの。この作品が一番好きだ。大量の赤ん坊の群れが人工知能通りを整然と進んでいく。人間は脳の半分を、ヴォジャノーイに演算資源として提供している。

書き下ろしの時間SFもの、「ひかりより速く、ゆるやかに」。時間SFの幾多の名作が小説中で紹介されている。この部分の拡大版、作者のSF愛を伝える長文の「あとがきにかえて」がWeb上で公開中だ。

https://www.hayakawabooks.com/n/n074ba53b3392

「ひかりより速く、ゆるやかに」の冒頭、試し読みはこちら。

https://www.hayakawabooks.com/n/n0cfa8c1132ce

劉慈欣「三体」

我が国でも発売後あっという間にベストセラーとなった。中華人民共和国の作家、劉慈欣のSF小説である。日本語版が2019.7.4に出た。

アジア人の作家として初めてヒューゴー賞を受賞。マーク・ザッカーバーグ、バラク・オバマらが絶賛している。読みやすく娯楽性に富みおもしろい。

物理学者の父を文化大革命で惨殺され、人類に絶望したエリート女性天体物理学者、葉文潔は、宇宙に向けて今までにない方法を用いてメッセージを発信してしまう。とある三重星系は古典力学の三体問題の世界であり、予測できない天体運行の中で文明の発展と滅亡を繰り返す三体星人がいた。

文化大革命の描写が鮮烈だ。革命が始まった頃、私は小学生だったが、日本の出版メディアが毛沢東語録を模した赤いビニール表紙の手帳をおまけに付けて、紅衛兵ブームを煽っていたことを覚えている。流行が過ぎ去ったあとは革命の批判だけが残った。ほめたたえていたのは何だったのだろう。釈然としない思いが記憶にある。

スティーヴン・ウェッブの著書、「広い宇宙に地球人しか見当たらない50の理由」を関連書籍として勧めよう。2004年初版で、私が読んだのは2005年になってからだ。物理学者エンリコ・フェルミによるフェルミ推定を初めて紹介した書籍である。「シカゴにはピアノの調律師が何人いるか」というのが典型問題だ。グーグルの入社試験でも出題された。フェルミ推定によれば、われわれと通信しようとする地球外文明が百万あってもおかしくないのに、なぜどこにいるかわからないのだろうか。

新版は「広い宇宙に地球人しか見当たらない75の理由」とボリュームアップしているが、未読である。

三体星人の惑星は文明崩壊と再生の過程で、ロッシュ限界を越え一部分が分離し月を形成した。地球は、月の潮汐力により自転速度が抑えられている。月がなければ強風が荒れ狂う世界となっていた。また、月が地球の自転軸の傾きを安定化させている。「もしも月がなかったら」ニール・F・カミンズ、邦訳1999年も紹介しよう。同じく2005年に読了している。文明の発達には月の存在が欠かせないということだ。

柴田勝家「ヒト夜の永い夢」

粘菌の性質を利用して、迷路の最短経路などを計算する粘菌コンピューティングは、2008年と2010年の2度イグノーベル賞に輝いている。

粘菌の研究で有名な博物学者、南方熊楠を主人公に据えた歴史改変SF小説である。昭和が本格的に始まる1927年から、二・二六事件の1936年までを中心に話が進む。

新天皇の即位記念事業として、学術的秘密結社、昭和考幽学会は、思考する自動人形すなわち天皇機関を献上することを企てた。南方熊楠が粘菌コンピュータを開発する。人の思考と行動を記したパンチカードの情報を、粘菌がニューロンのように繋ぎ発展させるのだ。

ちなみに私が学生の頃、1970年代のコンピュータ実習は、フォートランでのプログラミングだったが、その時もまだパンチカードを使っていた。

千里眼事件の元凶となった失意の研究者、福来友吉を副主人公として、宮沢賢治、江戸川乱歩、北一輝、石原莞爾などの歴史上の人物の思惑が錯綜する。

この小説によりロボット工学者、西村真琴、三井安太郎の作品を初めて知った。

名字のみ明らかにされるが、三島由紀夫の祖母、平岡なつが女傑として登場している。

出身地佐渡では地元の英雄である北一輝が、悪の総大将の役割を担う。天皇機関、南方熊楠、北一輝、それぞれの口から、多次元宇宙論、サイクリック宇宙論に似た仏教的世界観が繰り返し語られる。

蒸気機関の時代を舞台とした歴史改変ものをスチームパンクと呼ぶが、それよりは後の時代である昭和初期の物語はなんと呼ぶべきだろう。粘菌パンクと呼んでしまっていいのだろうか。

藤井太洋「東京の子」

パルクールの技を駆使して前に進む物語だ。読者に動きたいという情動が呼び起こされる。

忍者のように走り、跳び、登る動画をYouTubeで見たことがある人は多いだろう。フランスで生まれた移動術というやつだ。パルクールの創始者ダヴィッド・ベルは、リュック・ベッソン制作・脚本の映画「アルティメット」(2004)で主演している。映像を長尺で見たい方は映画もご覧あれ。

「東京の子」は、2023年、東京オリンピックの3年後を舞台とした近未来SF小説である。日本は労働力の需要を支えるため大量に移民を受け入れていた。3年で25%も住民が増え好景気に沸く東京では、未来の労働環境の模索も進行していた。五輪施設の民間への払い下げから生まれた経済特区に、サポーター企業で働き給与をもらいながら学べる、1学年2万人の学生を擁する大学校「東京デュアル」が作られたのだ。学費は決して安くはない。卒後サポーター企業に入社すると、借金が半額になる奨学金を学生の80%は利用していた。

パルクールトレイサーの仮部諌牟(かりべいさむ)は、戸籍を買い名前を変えて8年になった。彼の仕事は、仕事に出てこなくなった外国人を説得して、職場に連れ戻すことだ。失踪したベトナム料理店のベトナム人コック、ファム・チ=リンの捜索を依頼される。彼女はバイオテクノロジーの博士号を持つインテリだった。

ファムは、借金して職業の自由がなくなることは人身売買だと、東京デュアルを告発する。

仮部諌牟はどう動くか。労働問題と、昭和の枠組みとの決別を扱った、主人公の成長譚だ。

コニー・ウィリス「クロストーク」

SFの女王コニー・ウィリスの新刊。期待に違わず、楽しく読めました。もしあなたがすでにコニー・ウィリスのファンであるなら、説明は不要でしょう。

コニー・ウィリスの長編小説の初心者であるなら、紙本で2段組715ページという長さに怯まずに読み始めてください。テンポよく軽快に話が進みます。ストーリー・テリングのうまさには脱帽しました。コミュニケーションの未来がテーマとなっています。

「クロストーク」の前に出版された、「ブラックアウト」「オール・クリア」は両方合わせて1つの話ですが、全部で1776ページあるんですから。オックスフォード大学航時史学科シリーズの1つであるこの本も面白い。読んでいる間わくわく感が止まりませんでした。ダンケルクの戦い、ロンドン大空襲、ノルマンディー上陸作戦などが舞台となります。

本格的にコニー・ウィリスを読み始めようと考えるなら、オックスフォード航時史学科シリーズの第1作「ドゥームズデイ・ブック」からスタートを切ることを勧めます。自分がそうしたからですが、深い感動を味わいました。14世紀のペスト禍が描かれます。オックスフォード航時史学科シリーズは、この後「犬は勘定に入れません」、先に述べた「ブラックアウト」「オール・クリア」と続きます。

 短編小説では「女王様でも」「最後のウィネベーゴ」「マーブル・アーチの風」の印象が強く残っています。

八島游舷「天駆せよ法勝寺」

第9回創元SF短編賞受賞作である。仏教スペースオペラだ。

作者の八島游舷は、「Final Anchors」で2018年の第5回星新一賞グランプリ、「蓮食い人」で同優秀賞をダブル受賞もしている。

仏教などの東洋的と感じられるものを発展解釈して作り上げたSFというと、私がまっさきに思い浮かべるのは、士郎正宗の漫画「仙術超攻殻ORION」だ。1991年に単行本が出た。日本神話、クトゥルー神話、仏教、仙術と量子力学が混ぜ合わされている。

「天駆せよ法勝寺」も、いずれ映像化されるだろうと作者をして言わしめるように、ビジュアルな描写に満ちている。テンポよく話が進み、共感度は高い。だが、活動的な女主人公の活躍がないことは、「仙術超攻殻ORION」に魅力の点で負けている。転生佛となるサルジェはいい子すぎるのである。

新しい作家の作品が、短編1つでも簡単に読めるようになったことは、とても喜ばしいことだ。

「仙術超攻殻ORION」と「攻殻機動隊」