カテゴリー別アーカイブ: 映画

ブリジット・フォンダ出演「アイアン・メイズ ピッツバーグの幻想」

ブリジット・フォンダの抜けるような白い肌に感銘を受けたことがあるなら、観ないわけにはいかない映画。DVDになっていない。吉田博昭監督作品。

日本人青年実業家のスギタ(村上弘明)は、ピッツバーグ郊外の製鉄所跡地を買収し大遊園地を建設しようとしていた。彼の妻、クリスをブリジット・フォンダが演じる。スギタは、製鉄所内で何者かに襲われ瀕死の重症を負った。

1991年の映画で日本はバブル経済の最期の足掻きの時期。現実では、その後の経済復興に失敗し失われた30年の始まりの時だ。これに対し、現実のピッツバーグの方は、1970年代に地元鉄鋼業が衰退に転じ工場は相次いで閉鎖に追い込まれ、街には大量の失業者があふれた。しかし1980年代には、従前の産業構造から脱却し、ハイテク、保険、教育、金融を中心とした地域経済へと移行することにより活気を取り戻している。

製鉄所跡の廃墟、巨大な鉄の迷宮は描き出されている。これに対峙する存在が、御曹司のコキュの道化ではちょっと。あの頃は、ダブルのスーツが流行ったなあと男性ファッションの懐古に浸るしかない。

あくまでも、ブリジット・フォンダを観るために時間を割いているのだ。

高山一実原作 映画「トラペジウム」

乃木坂46 一期生、現役のアイドルが2018年に小説を出版した。30万部の大ヒットとなり、アニメ映画が公開中である。

城州東高校1年生の東ゆうは、他の3つの方角、西、南、北の美少女を仲間にして、アイドルとしてデビューするセルフプロデュースを行なっている。身勝手で強引な意図から始まった計画だが、「東西南北」の4人はとても仲の良い友達となった。

ロボコン大会、文化祭などのイベントを経て、北の少女、亀井美嘉が行っていたボランティア活動に参加した4人は、ゆうの目論見どおりテレビ出演を果たし、そこから「東西南北」アイドルデビュープロジェクトが発動された。しかし問題が発覚した。

ちょうど筆者の高校(都立青山高校)のクラス会が、50年の時を隔てて開催された。学年全体での同期会は2010年に始まっていたが、クラス単位で集まるのは初めてだったのだ。物故者を含めて総勢44名の半数22名がLINEでつながり、夜の会にはそのうちの16名が参加した。このメンバーで過ごした期間はたったの2年間。過去を振り返る内容よりも、圧倒的に現在やこれからの話題が中心だった。

「東西南北」4人の友情は壊れず続いている。これがどんなに貴重なことか。細切れの「トラペジウム」本編映像は、YouTubeで公開されている。「彼氏がいるんだったら友達にならなきゃよかった」編は、ゆうの主人公らしからぬ言動が注目を集めた。

ジョン・カーター「ファトゥワ」

ファトゥワとは、イスラム教においてイスラム法学に基づいて発令される裁断。

2006年のほとんど誰にも知られていない、政治サスペンス映画。ジョン・カーター監督。レンタルDVDで観た。意外と面白い。

ローレン・ホリー主演。反テロの中心的役割を務める米国上院議員マギー。夫との仲が冷めきったまま、政治活動で忙しく飛び回っていた。テロリストと夫の親族のギャング双方から、命を狙われることとなる。

「宇宙家族ロビンソン」の、1998年映画版リメイク「ロスト・イン・スペース」で、反抗期の少女である次女のペニーを演じたレイシー・シャベールが、社会に対して反抗期の大学生、マギーの娘の友人ノアを演じる。この方面から、この映画に辿り着いた。

ケン・ラッセル「肉体の悪魔」(1971)

レーモン・ラディゲの小説とは無関係。17世紀のフランスで起こった「ルーダンの悪魔憑き事件」を題材としたケン・ラッセル監督の映画。日本国内ではDVDは未発売。1971年の公開時、筆者は中学生、映画館で観て深く心に刻まれた。おそらくVHSだろうが、YouTubeで題名を変えて字幕付きで公開されていた時があった。その際保存した映像を見直した。

ケン・ラッセルの映画では、1974年の「マーラー」、1975年の「トミー」も好きだが、「肉体の悪魔」が筆者にとっては最高傑作である。DVDが制作されないのは、カトリック教会の反発を懸念しているためだろうか。

フランスの地方都市ルーダンの市長代理を務めるグランディエ司祭はカリスマ的リーダーシップとともに、男性的魅力を存分に発揮していた。パリの宮廷では枢機卿リシュリューが実権を握り、新教徒の台頭を防ぐため地方都市の自治を廃止させようとしていた。グランディエは女子修道院の尼僧たちにも憧れの的だった。背中が醜く曲がった修道院長ジャンヌは一方的な恋心から、淫らな妄想を思い描いていた。嫉妬からグランディエを悪魔つかいだと騒ぎ立てたジャンヌが、グランディエ失脚に利用され、悪魔憑き騒動の拷問同然な調査が始まった。行き着く果ては、グランディエの火炙り処刑。

性描写、残酷描写、冒涜的イメージの氾濫が本作品を、宗教権力に対する反体制映画にしている。

ヴィム・ヴェンダース「PERFECT DAYS」

最初に私たちは平山の1日をしっかりと追う。そしてそれは繰り返される。けれどそれは平山にとって繰り返しではない。いつもすべてが新しいのだ。

脚本の冒頭にこう書いてあるそうだ。

ヴィム・ヴェンダース監督、役所広司主演の映画「PERFECT DAYS」を2024/1/3映画館で観た。

トイレ清掃員、平山の毎日が描かれる。

仕事で使う軽自動車の中で、ミュージック・カセットテープを必ず聞く。パティ・スミスのアルバム「Horses」の中の「REDONDO BEACH」が物語上重要な役割を担っていたので嬉しくなった。でも、他の70年代の楽曲は知らなかった。

浮浪者役、田中泯の「をどり」が目を惹く。薄れた記憶から拾い上げると、筆者は70年代にハイパーダンスを観ている。陰茎に包帯を巻いただけで、褐色に塗った裸体で踊った。

今回の映画は、渋谷区の公共トイレを著名なクリエイターの手により新たにデザインする、THE TOKYO TOILETプロジェクトから生まれた。日に3回は清掃が入りとてもきれいだ。対照として、陸秋槎が「ガーンズバック変換」の中で紹介してくれた映画「トレインスポッティング」冒頭の汚物まみれのトイレを思い出した。

ヴィム・ヴェンダース「まわり道」

ヴィム・ヴェンダース ニューマスターBlu-ray BOX IとしてラインナップされたBDで、映画「まわり道」を観た。1975年の作品である。

「まわり道」は、ロードムービー三部作の第2作に当たる。第1作が以前このブログでも触れている、「都会のアリス」だ。ブログでは一部辛辣なコメントも付けたが、じわじわと映画の良さが思い出され、BD BOX Iを手に入れることになった。

第2作「まわり道」はペーター・ハントケ脚本で、ゲーテの『ヴィルヘルム・マイスターの修業時代』が下敷きにされている。登場人物の名も同作から。

筆者はオペラに全くと言っていいほど接していないので、ミニョンという名に対して感情をかき乱されるようなものは持っていない。オペラ「ミニョン」をかろうじて知ってはいたが。

この芸人の少女ミニョンを、本作が映画デビューとなるナスターシャ・キンスキーが演じている。彼女は映画公開時は14歳であり、撮影時は13歳だったようだ。幼さを残していながら、女性としての魅力を充分に発揮している。

作家志望の主人公の青年ヴィルヘルムが旅立ち、様々な人と出会い、ともに過ごしながらも別れていく。最後にドイツ最高峰のツークシュピッツェにたどり着いた時には、彼一人となっていた。

ウェス・アンダーソン「アステロイド・シティ」

「グランド・ブダペスト・ホテル」で知られる、ウェス・アンダーソン監督の最新作「アステロイド・シティ」を映画館で観た。

舞台は1955年アメリカ。人々が豊かな日々を謳歌し、アメリカが最も輝いていたと言われる時だ。宇宙開拓への夢も広がり、誰もが不可能なことなどないと信じていた。そんな中、人口わずか87人の砂漠の街アステロイド・シティで開かれたジュニア宇宙科学賞の祭典に、思わぬ訪問者がやってきた!

輝けるアメリカといえば、1955年は、ちょうど筆者の叔父(地質学者)がフルブライト奨学金を獲得して、氷川丸に乗ってアメリカに渡った年だ。

映画は枠物語の構造で、新作演劇《アステロイド・シティ》を紹介するテレビ番組の中に入れ子になっている。

レビューはWebに多数あるが、1つリンクを張っておく。

https://www.tokyoartbeat.com/articles/-/asteroidcity-review-202309

ディーリア・オーエンズ「ザリガニの鳴くところ」

潟湖干潟(せきこひがた又は、かたこひがた)の生態系を描いた小説であり、その映画化である。多様な動植物が調和する干潟生態系の、環境に対する重要な役割については1970年代ごろから叫ばれているが、すでに多くの干潟が干拓され消失してしまった。小説と映画の舞台は1969年を中心とした日々。映画では豊富な自然を映像で見ることができる。

干潟についての解説は千葉県のサイトがわかりやすかった。

あらすじは、映画公式サイトから引用。

1969年、ノースカロライナ州の湿地帯で、裕福な家庭で育ち将来を期待されていた青年の変死体が発見された。容疑をかけられたのは、‟ザリガニが鳴く”と言われる湿地帯でたったひとり育った、無垢な少女カイア。彼女は6歳の時に両親に見捨てられ、学校にも通わず、花、草木、魚、鳥など、湿地の自然から生きる術を学び、ひとりで生き抜いてきた。そんな彼女の世界に迷い込んだ、心優しきひとりの青年。彼との出会いをきっかけに、すべての歯車が狂い始める…。

小説は、一つひとつの章は短く読みやすい。

カイアが書いたような図鑑本。昔、筆者はいろいろ所有していた。

瀧内公美主演「彼女の人生は間違いじゃない」

瀧内公美が主役の金沢みゆきを演じる。2017年の映画。場所は福島。レンタルDVDで観た。

震災で母を失い、自宅は汚染地域にあり仮設住宅で父と暮らしながら、昼間は地元の市役所で働き、週末は東京・渋谷でデリヘル嬢をやっている。

瀧内公美は、実際にデリヘルをしている女の子などから取材して役作りをした。東北の娘が「地元にいると自分が保てなくなりそうになった」と言っていたのが印象的と発言している。

監督は廣木隆一。同名の自作小説の映画化である。監督は福島出身。

2020年の映画「アンダードッグ」でシングルマザーのデリヘル嬢、明美を演じていたのも瀧内公美だったことに今まで気がつかなかった、

ベルナルド・ベルトルッチ「暗殺のオペラ」

ベルトルッチのファシスト3部作の第1作、「暗殺のオペラ」をAmazon prime videoで見直した。イタリアでの公開は1970年だが、日本での公開は1979年であり、リアルタイムで映画館で観ているのだ。第2作の「暗殺の森」はイタリア公開は1970年、日本での公開は1972年であり、映画館でヨーロッパ映画を見るような、おませな年齢に筆者は達していなかった。後になってからレンタルビデオで観た。第3作「1900年」は、イタリア1976年、日本1982年で、5時間16分の大作だが映画館で観ている。

「1900年」は DVD販売まで、気が遠くなるほど待たされたが、「暗殺のオペラ」のDVD、BDも権利問題で長らく手に入らなかった。今は配信で見れるので、幻の映画ではなくなった。

あらすじはそっくりそのまま引用する。ムッソリーニによるファシズム政権下の1936年、ひとりの抵抗運動の闘士が北イタリアの小さな町の劇場でオペラを観劇中、何者かに暗殺されるという事件が発生。凶弾に倒れたアトスは以後、町の伝説的英雄として語り継がれる存在に。彼の名と面影をそっくり受け継いだ息子のアトスは、事件から20数年後、父の愛人だったドレイファスから招かれて町を訪れ、今なお多くの謎に包まれた父親の死の真相の解明に乗り出すのだが…。[シネフィル]

サーカスから逃げたライオンが死に、ライオン料理となって運ばれてくるというエピソードがある。このメタファーてんこもりのシーンの意味するものはなんだったのだろう。権力者にあらがうという意味と捉えるのが一般的な解釈。タイトルロールにもライオンの絵が描かれているので、なにか重要なものがあるはずなんだが。

一緒に見に行ったクリエイターの人が、取ってつけたようなシーンだと猛烈に批判していたので覚えていた。

原作はJ.L.ボルヘスの小説「裏切り者と英雄のテーマ」。「伝奇集」に収められているが、読んでいなかった。