カテゴリー別アーカイブ: 映画

唐十郎「任侠外伝 玄海灘」

女優、李麗仙が、2021.6.22逝去された。

紅テント、状況劇場で主演女優を務め、アングラの女王とも呼ばれた。唐十郎の元妻、大鶴義丹のお母様である。

このブログで以前に触れたが、状況劇場の芝居は1975年の「糸姫」から観ていた。根津甚八と李麗仙が主演という形が定着して久しく、小林薫がメキメキ実力をつけていった時代である。人気は凄いものだった。毎回、テントにぎゅう詰めになって舞台を観た。

故人を偲ぶにあたって、映像ならすぐに再生できる。「任侠外伝 玄海灘」は、1976年公開の、唐十郎が監督した唯一の映画である。大学の劇団の先輩が端役だが出演したので、個人的にも感慨深い。映画のオープニング曲の韓国現代歌謡を、李麗仙と密航の女達で焚き火を囲んで歌うところが写真のシーンだ。

出演者から教わった歌詞はこうだ、

サランエー コーンモッコリ コッケマンデュローソ サーラハヌーン ターンシネゲ コーロテュリゴシッボー  ターシヌーサーラハヌイマウーン アルゴケシルカー

これだけの情報で、こはら眼科の峰村健司先生が曲名、歌詞を調べて日本語訳をつけてくれた。이영숙(イ・ヨンスク)が唄う꽃목걸이(花の首飾り)で1972年の曲である。

歌詞カードは、以下のURLで参照できる。

https://blog.daum.net/memil9599/45

愛の花の首飾り きれいに作って 愛するあなたに かけて差し上げたい。 あなたを愛するこの気持 ご存知でいらっしゃるだろうか  (以下繰り返し)

Apple Musicに元の曲があった。これは映画のオープニング曲と同じものだ。

https://music.apple.com/jp/album/%EA%BD%83%EB%AA%A9%EA%B1%B8%EC%9D%B4/1064556037?i=1064556111

村瀬修功監督、富野由悠季原作「閃光のハサウェイ」

上演延期を繰り返していたガンダムアニメ映画「閃光のハサウェイ」が、やっと公開された。

富野由悠季の原作はスニーカー文庫から1989年に出版され、名作との評価を勝ち得ている。映画は三部作の第1作にあたり、これからさらに2作作られる予定だが、詳しい日程などは発表されていない。小説の結末はネタバレ禁止だ。ショックを受けた記憶が鮮明に残っている。

「逆襲のシャア」から12年後が舞台となり、続編的位置づけで小説は書かれていた。ブライト・ノアの息子、ハサウェイ・ノアが主人公である。

ハサウェイの乗るクスィーガンダムと、これと戦う地球連邦軍のペネロペーはミノフスキー・クラフトを搭載し、大気圏内を自由に飛行できる。大型化していった時代のモビルスーツだ。

コックピット内の映像は、VRゲームのようで3D感にあふれている。音響もすごい。3DCGを利用したキャラクター造形は、好みの分かれるところだろう。

小説では、オーストラリアのアデレードとダーウィンの位置を頭に入れておくのに苦労した思い出があるが、地名は変更になったのかダーウィンという街は出てこなかった。

第1作は、話としてはまだ序盤であり今後の展開を待つ。

寺山修司「草迷宮」

泉鏡花の同名幻想小説の、寺山修司監督による映画化。DVDを購入して見直した。

寺山の「草迷宮」は全尺40分の映画である。ルイス・ブニュエル監督のシュルレアリスム映画「アンダルシアの犬」(眼科医ならみんな観ていることだろう。映像に興味さえあれば)をプロデュースした高名なフランスのプロデューサー、ピエール・ブロンベルジェが制作したオムニバス映画の一篇として1979年に作られた。日本公開は寺山の死後となる1983年である。

母の唄っていた手毬唄の歌詞を求める主人公、明(あきら)の青年期を若松武が演じモノクロで表現される。明の少年期を三上博史が演じた。三上博史の映画デビュー作だ。カラーで描かれる。現在という視点は浮動し一点には定まらない。

寺山の映画「田園に死す」「上海異人娼館」も、同時に見直した。ちょっとした寺山映画週間だった。泉鏡花の「草迷宮」の再読も果たした。

岩波書店から1981年に出版された鏡花小説・戯曲選第六巻。紙本は重い。映画中、合いの手を入れるように挟み込まれるフレーズが、原作小説から取られたものであることがわかる。

アグニェシュカ・ホランド「赤い闇」


映画「ソハの地下水道」で知られる、アグニェシュカ・ホランド監督のポーランド映画「赤い闇 スターリンの冷たい大地で」をレンタルDVDで観た。

この映画を見るまで、ホロドモールと呼ばれる集団殺害のことはまったく知識がなかった。1932年から1933年にかけて、ウクライナ人が住んでいた地域でおきた人工的な大飢饉で、400万人から1,450万人が死亡したとされる。スターリンによる「ウクライナ人に対するジェノサイド」であると、すでに十数カ国で認定済だ。人道に対する罪として認定した国も多い。20世紀の悲劇として、ナチス・ドイツによるホロコーストと並べられる。

映画は実在したジャーナリスト、ガレス・ジョーンズによる告発を描き出す。

ピューリッツァー賞を受賞しているニューヨーク・タイムズの記者、ウォルター・デュランティが、取材の継続を望む道化の操り人形と成り果て、ソ連に忖度して大飢饉の事実を否定する。

ウクライナに潜入したジョーンズは吹雪の中食べるものがなく、民衆と同じように木の皮を食べ飢えをしのいだ。子供たちによるカニバリズムのシーンも、乾いた描写で挿入される。

ヴィム・ヴェンダース「都会のアリス」

映画「パリ、テキサス」で有名な、ロードムービーの大家、ヴィム・ヴェンダース監督の、ロードムービー三部作の第1作「都会のアリス」をレンタルDVDで観た。ツタヤディスカスで在庫が5枚しかなく、レンタルにはしばらく待たされた。中古DVDはプレミアム価格となっていて高い。U-NEXTで唯一動画配信が行われているようだ。1973年の映画である。

31歳のドイツ人作家フィリップは、旅行記執筆のため米国内を旅していたが、すべて同じような風景に見え、TVの番組も似通っていて面白くない。ポラロイド写真を撮りまくったが、文章は1行も書けないでいた。

折りたたみ式のSX-70ポラロイドランドカメラは、発売されたばかりのシートフィルム方式で、当時の日本の感覚では贅沢品だった。フィルム代も安くはなかったと思う。監督が惚れこんで、ポラロイド社から借り受けたということだが、フィリップには分不相応な持ち物に見え違和感を感じた。

デジタルカメラに押されて、ポラロイド社がポラロイドフィルム製造を中止した後、インポッシブル・プロジェクトによる復活まで長い道のりだった。現在は再び、フィルム、カメラとも手に入る。しかし、フィルムはかなり高価である。

ニューヨークからドイツに帰国することにしたが、ドイツの空港ストライキのため、ドイツに向かうすべての便が欠航。アムステルダム便に乗り、陸路ドイツを目指すしかなかった。空港で、離婚したばかりのドイツ人女性リザと9歳の娘アリスと知り合った。エンパイアステートビルでの待ち合わせにも、アムステルダムでの待ち合わせにもリザは現れず。フィリップはアリスを連れてニューヨークからアムステルダム、アムステルダムからドイツのヴッパタールへと旅を続けていった。

アリスの記憶ではおばあちゃんの家があるはずのヴッパタールは、懸垂型のモノレール、ヴッパタール空中鉄道が目を惹く。

最初は自分の価値観ですべて判断する嫌なヤツと感じられるフィリップだったが、アリスとの交流の中で徐々に心を開くようになっていった。

途中、警察に助けを求めたが、アリスは警察を脱走して、またフィリップと旅を続けた。親子でない男性と幼女が一緒にいたら、今日ならペドフィリアという理由で逮捕されていたのではないだろうか。

シャーロット・ランプリング主演「愛の嵐」

前回の「未来惑星ザルドス」に引き続いて、シャーロット・ランプリング繋がりで、手持ちのDVDから「愛の嵐」を見直した。

シャーロット・ランプリングは、これから公開のドゥニ・ヴィルヌーヴ監督の「DUNE」に、教母ガイウス・ヘレン・モヒアムとして出演するので、今までの作品をおさらいしておこうという意図もあった。

「愛の嵐」は、リリアーナ・カヴァーニ監督の1974年の映画。ナチス帽にサスペンダーで歌い踊るユダヤ人少女の姿が、多くの観客の心に強烈な印象を残していることだろう。

ナチス親衛隊将校だった過去を隠して、ウィーンのホテルの夜番フロント兼ポーターとして働く男マックスの前に、かつて強制収容所で弄んだ女性ルチアが、高名なオペラ指揮者の妻となって客として現れた。最初はすぐにもウィーンを出ていこうと主張したルチアだったが、なぜか夫を巡業公演に送り出し一人残った。ルチアとマックスは、二人して、血と痛みそして飢餓を伴った、出口のない狂気とも言える病的な恋愛関係に溺れていく。

ところどころにナチス時代の回想シーンが挟み込まれるが時間的には短く、視点は常に現在に引き戻される。思い出で飾られた過去の官能ではなく、今の底の知れない泥沼が描かれる。

元ナチス将校秘密互助会の存在は、恐ろしいが興味を惹かれる。実際にこのような組織があったということだ。

ショーン・コネリー主演「未来惑星ザルドス」

逝去の報に接して、所有していたDVDで「未来惑星ザルドス」を見直した。1974年の作品で、監督はジョン・ブアマン。

この映画のキービジュアルは、岩でできた巨大な人の頭部が空を飛んでいくシーンだ。筆者と同年代ならば、記憶に留めている人は多いと思う。時は2293年の未来。この人の顔をつけた頭(ザルドス)は、支配階級である不死のエターナルと、獣人と呼ばれる寿命を持つ普通の人間とを結ぶ輸送機の役割を果たしていた。獣人から選ばれたエクスターミネーターという名の殺人部隊が、ザルドスから銃を受け取り獣人の数減らしを行っていた。その隊長ゼッド(ショーン・コネリー)は、ザルドスに密航しエターナルのための隔離された土地、ボルテックスに入りこんだ。

エターナルの社会ボルテックスは、映画が制作された時代、1970年代フラワーチルドレンの文化を反映している。時に集団で瞑想し、評決を行ってすべてを決定する。彼らの中には不死のため人生に意欲を見出せなくなり、無気力となった者も数多く存在した。

ザルドスの語源は、「オズの魔法使い」(Wizard of OZ)だった。ゼッドは図書館の廃墟で、この本にすでに接していたのだ。

エターナルの不死性をコントロールしていた演算結晶タバナクルを、ゼッドは打ち破った。エターナルたちは喜んでエクスターミネーターによる殺戮に身を任せた。ゼッドを最初は危険視していた女性エターナル、コンスエラ(シャーロット・ランプリング)は、ゼッドと結ばれ、墜落したザルドスの中で子を成し、二人は老いて朽ち果てていく。ベートーヴェン交響曲第7番第2楽章が流れている。

滝本竜彦原作「ネガティブハッピー・チェーンソーエッヂ」

三浦春馬を偲ぶため、中古DVDで映画「ネガティブハッピー・チェーンソーエッヂ」を見直した。舞台「ZIPANG PUNK〜五右衛門ロックIII」シアターオーブ(2013.1観劇)や、映画「永遠の0」(2014.1鑑賞)はまだ記憶に比較的しっかりと残っていたが、本作は映画館で2008.2に観たきり忘れていた。

原作は「NHKにようこそ!」で有名になった元ひきこもり作家、滝本竜彦のデビュー作だ。2001年発売で、2002年に読んでいる。

長編映画のメガホンを取るのは初めての、北村拓司が監督である。

映画の内容は原作とほぼ同じで、絵里の制服はセーラー服ではなくブレザー。へたれな高校生山本陽介(市原隼人)は、チェーンソーを振り回す怪人との死闘を繰り返している美少女高校生、雪崎絵里(関めぐみ)と出会った。チェーンソー男が出現したときから、驚異的な身体能力が芽生えた絵里だったが、陽介は常人のままでまったく戦力にならず後ろで応援しているだけ。しかし、陽介の粘りから、二人で行動をともにすることは続いていった。

バイクで夜間暴走し死亡した、陽介の同級生の友人、能登を三浦春馬が演じた。12年前の映画なので、撮影時は17歳か18歳か。とにかく若い。永遠に陽介の先を走り続け、追いつくことのできない男の位置づけだ。

「無理だよお前は。あの子とダラダラと薄らぼんやりとした幸せを楽しめよ」

「なぁ能登!」「生きているオレが羨ましいだろう!」

ロマン・ポランスキー「毛皮のヴィーナス」

2013年のフランス映画、ロマン・ポランスキー監督の「毛皮のヴィーナス」を、prime videoで観た。19世紀オーストリアの小説家マゾッホの「毛皮を着たヴィーナス」をもとにした、劇作家デイヴィッド・アイヴズの舞台劇の映画化である。

「毛皮を着たヴィーナス」を脚色した舞台を上演しようとする脚本家・演出家のトマは、オーディションに遅刻してきた無名の女優ワンダの演技を見ることとなった。俗世間の偏見を代表するような発言をしていたワンダだったが、役を始めてみるとその理解は深く、トマが望む理想の演技をするのだった。やがて2人の立場は逆転していく。最後に2人は役を交換して、カタストロフィに至る。

ワンダをポランスキーの妻でもあるエマニュエル・セニエが、トマを「潜水服は蝶の夢を見る」のマチュー・アマルリックが演じた。2人芝居であり、この2人しか映画には出てこない。

脚本家、演出家にとって役を充分に理解した理想的な役者とは、自分自身の投影か。映画は、台本の読み合わせから始めて、まだ書いていないシーンの即興演劇に移っていく。自分自身が相手役ならば、完璧な即興演劇も可能だ。このブログの筆者の繰り返し見る悪夢の1つに、まだ脚本すら書いていないのに舞台に立っているという辛いパターンがある。この状況を相手役に支えられた即興演劇で乗り切った夢の続きを見たときに同じことに気づいた。

「テリー・ギリアムのドン・キホーテ」

映画パンフレットの表紙

2020年1月26日、TOHOシネマズ・シャンテにて、映画「テリー・ギリアムのドン・キホーテ」を観た。

テリー・ギリアム監督については、このブログ、2018年8月31日の「モンティ・パイソン・アンド・ホーリー・グレイル」の投稿で少し触れている。「ドン・キホーテ」の日本での公開が、2020年1月24日という情報をだいぶ前に仕入れ、待ち望んでいたのだ。

構想30年、計画頓挫9回がキャッチ・コピーとしてウェブサイトでは強調されている。最初の流れた企画のメイキング映像が、ドキュメンタリー映画「ロスト・イン・ラ・マンチャ」として2002年に公開され、現在prime videoで配信中である。これも観たほうが作品に対する理解が深まるのだろうが、実はまだ観ていない。

夢と現実、狂気と正気の境界があいまいとなって、さらに冒険と憂き世のせめぎ合いなどメタ的な視点からも語られる。唐十郎などの現代演劇に通じる幻想世界だ。とてもおもしろかった。

CM監督のトビーを、スター・ウォーズ、カイロ・レン役のアダム・ドライバーが演じる。 カイロ・レンとはまた違った情けない男を見せてくれる。ファンは必見だ。

ジョナサン・プライス。ドン・キホーテと未来世紀ブラジル。

ドン・キホーテはジョナサン・プライスだ。テリー・ギリアム監督の「未来世紀ブラジル」(1985年)で主役サムを演ったところから監督との付き合いが始まった。35年隔たった、2つの映画の写真を並べてみると歳月以上の違いがある。映画パンフレットの隅の方に書いてあった。ドン・キホーテの見事な鷲鼻は付け鼻だと。