「アンドロイドは電気羊の夢を見るか?」「流れよわが涙、と警官は言った」「高い城の男」など、数々のSF小説で有名なフィリップ・K・ディック。その初期の長編、1957年の「宇宙の眼」が電子書籍化された。宗教がモチーフの1つとなっているが、ディック晩年の「ヴァリス」の神学論議とは違って読みやすく、サクサクとこなせる。
観測台から見下ろしていた見学者たちを、突然の災厄が襲った。陽子ビーム加速器が暴走し、60億ヴォルトの陽子ビームが無秩序に放射され、一瞬で観測台を焼き尽くしたのだ。たまたまその場にいた8人は、台が消滅したためにチェンバーの床へと投げ出された。やがて見学者のひとり、ジャック・ハミルトンは、病院で意識を取り戻す。だがその世界は、彼の知る現実世界とは、ほんの少し違っていた。
事故にあった8人の人格が、その中の1人の夢の中に囚われていることがわかってくる。どうも実際に経過した時間はごくわずかで、8人はチェンバーの床の上で未だに意識を消失しているようだ。
類似を中国古典に求めれば、「邯鄲の枕」と「胡蝶の夢」か。邯鄲の枕は、短い時間のうちに一生涯の栄枯盛衰の夢を見た若者の話。胡蝶の夢は、蝶になった夢から目が覚めたが、自分は蝶になった夢をみていたのか、それとも今の自分は蝶が見ている夢なのか。
いや、自分も蝶も、自分であることに変わりはない。他人の夢の中の登場人物になってしまうということなら、ヴィクトリア朝文学、ルイス・キャロル「鏡の国のアリス」の赤の王様の夢のほうがしっくりする。アリスはトウィードルダムとトウィードルディーに、お前は赤の王様の夢の中の人物に過ぎないと宣言された。
宇宙の眼でユニークなところは、いっぺんに8人もの意識が1人の夢の中に閉じ込められ、脱出騒ぎが集団のドタバタ喜劇となっていることだ。そこを抜けだした次には、また別な1人の夢が待ち構えている。これがいつまで続くかわからない。最後の現実世界は、まだ夢の中であることも感じられる。2度と覚めない夢なのだろうか。
幾多の悪夢の中では、最初の、退役軍人である老人の夢、第2バーブ教の神のわがままに支配された恩寵・奇跡・呪いの世界がイメージがはじけていて一番おもしろい。詭弁であろうと神を説得できれば直ちに祝福が得られ、敵には神の怒りが下される。そして、ご加護のもと傘の柄につかまって天空に昇り、自分を凝視する巨大な神の眼に遭遇する。
Philip K. Dick Estate公認<PKD>ブランド商品が展開されている。出版社早川書房がTシャツを売っていることがおもしろい。ジョークだと思って、第1弾「アンドロイドは電気羊の夢を見るか?」Tシャツ、第2弾「ユービック」Tシャツ双方とも購入した。まだ、第3弾は決まっていないが、「宇宙の眼」Tシャツならなかなかイケると思う。第3弾が待ち遠しい。