柴田勝家「ヒト夜の永い夢」

粘菌の性質を利用して、迷路の最短経路などを計算する粘菌コンピューティングは、2008年と2010年の2度イグノーベル賞に輝いている。

粘菌の研究で有名な博物学者、南方熊楠を主人公に据えた歴史改変SF小説である。昭和が本格的に始まる1927年から、二・二六事件の1936年までを中心に話が進む。

新天皇の即位記念事業として、学術的秘密結社、昭和考幽学会は、思考する自動人形すなわち天皇機関を献上することを企てた。南方熊楠が粘菌コンピュータを開発する。人の思考と行動を記したパンチカードの情報を、粘菌がニューロンのように繋ぎ発展させるのだ。

ちなみに私が学生の頃、1970年代のコンピュータ実習は、フォートランでのプログラミングだったが、その時もまだパンチカードを使っていた。

千里眼事件の元凶となった失意の研究者、福来友吉を副主人公として、宮沢賢治、江戸川乱歩、北一輝、石原莞爾などの歴史上の人物の思惑が錯綜する。

この小説によりロボット工学者、西村真琴、三井安太郎の作品を初めて知った。

名字のみ明らかにされるが、三島由紀夫の祖母、平岡なつが女傑として登場している。

出身地佐渡では地元の英雄である北一輝が、悪の総大将の役割を担う。天皇機関、南方熊楠、北一輝、それぞれの口から、多次元宇宙論、サイクリック宇宙論に似た仏教的世界観が繰り返し語られる。

蒸気機関の時代を舞台とした歴史改変ものをスチームパンクと呼ぶが、それよりは後の時代である昭和初期の物語はなんと呼ぶべきだろう。粘菌パンクと呼んでしまっていいのだろうか。