2015年の第35回SF大賞、第46回星雲賞受賞作品である、藤井太洋の「オービタル・クラウド」が2016年5月、電子書籍化されました。
伊藤計劃の「屍者の帝国」と世界観を共有したアンソロジー「屍者たちの帝国」に参加した藤井太洋の改変歴史物「従卒トム」で、山岡鉄舟、勝海舟の2人がとてもかっこよく描かれ、抜群の面白さを発揮していたので、機会があれば長編を読んでみようと思っていた所でした。
「オービタル・クラウド」は、テザー推進による人工衛星群の話で、2020年の近未来、日本の近隣の某国のスペーステロとの攻防戦が描かれます。テザー推進とは、磁場と電場から導電性テザーに発生するローレンツ力による推進システムです。
私は1957年の生まれで、この年に史上初の人工衛星、スプートニク1号が軌道上に乗りました。アポロ11号の月着陸は1969年で12歳の時の出来事でした。徹夜で放送にかじりついていました。すなわち、宇宙のことといえば何であろうと血が騒ぐ世代に属します。一時は皆の興味を惹かなくなっていた宇宙開発ですが、最近は、はやぶさの活躍、映画「ゼロ・グラビティ」、漫画「宇宙兄弟」、小説「火星の人」とその映画化など、多くの人に通じるあたりまえの話題として復活しています。
本書の導入部で語られる、ツィオルコフスキーの公式は、推進剤を用いるロケット推進に関する公式で、宇宙旅行の父コンスタンチン・ツィオルコフスキーが1897年に発表したものです。ツィオルコフスキーの伝記は私の小学生の頃の愛読書でした。今はどのぐらいの人が、ツィオルコフスキーの有名な言葉「地球は人類の揺りかごだが、そこに永遠に留まっているわけにはいかない」を知っているのでしょうか。もちろんテザー推進は、ツィオルコフスキーの公式には縛られません。
この小説では、登場人物は、敵も味方も全員が天才的な能力を発揮します。さまざまな問題が時間的猶予なしにどんどん降りかかって来ますが、素晴らしいスピードで解決されていきます。それでも上下2巻になるのですから、いかに扱ったトピックスの数が膨大かということです。読む方の脳が、休みをはさまなければ理解ししっくりと収められない状態となりました。
以上、宇宙が好き、軌道計算が好き、ラズベリーパイを使った電子工作が好きという人に迷わず勧める小説です。また、若干噛ませ犬的なポジションですが、F-15、F-22の航空機も活躍します。こちらのファンの人も一読の価値があります。