鳥公園「↗ヤジルシ」

京浜島の入り口の公演正面のモニュメント

京浜島の入り口の公園正面のモニュメント

2016年9月15日、京浜島の元鉄工所であるBUCKLE KOBOで、鳥公園の舞台「↗ヤジルシ」を観ました。

住民が1人しかいない広大な工業地帯である京浜島。この島の鉄工所を、オープンアクセス型アートファクトリーにしようというのがBUCKLE KOBOプロジェクトです。つまり、芸術家の工房として、誰にでも貸し出すという意味でしょう。この2階建の工場を舞台として借り切って公演が行われました。

鳥公園の芝居を観るのは初めてでした。徳永京子、藤原ちから著の「演劇最強論」で主宰者西尾佳織が紹介されていたので興味を抱いたのです。西尾佳織は大学・大学院で寺山修司、太田省吾を研究した経歴があります。

「↗ヤジルシ」は太田省吾の最後の戯曲になります。私は、太田省吾の転形劇場の舞台は、その出世作「小町風伝」しか観たことがありません。1977年の真冬、暖房がまったく入っていない矢来能楽堂で観た沈黙の演劇はしっかりと記憶に残っています。足の指先の動きだけで舞台を移動した主演女優、佐藤和代の評判が口コミで広がって、演劇史に残る出来事となったのです。

廃工場での回遊型の公演で、お客は自由に移動して演じられている芝居を観る形式であるとの事前の説明から、寺山修司の天井桟敷の舞台の再来も期待して観劇に臨みました。

思い描いていたよりも狭い工場でした。1階と2階で同時進行的に演技が行われていましたが、寺山修司の「百年の孤独」(1981) のような、同じフロアのそこかしこで別々に進行する舞台を期待していた身には、スケール感が期待はずれとなりました。天井桟敷の蘭妖子、高橋ひとみに匹敵する魅力ある俳優にも出会えませんでした。

70年代演劇を経験したものは、未だに過去の亡霊にとらわれているということなのでしょうか。

今回の舞台を総括すると、サミュエル・ベケットの「ゴドーを待ちながら」のカテゴリーに属すという印象となりました。